悪役令嬢は世界のバグを修正する
沈黙を破ったのは、
財務長官だった。
痩せた指で書類を整え、
眼鏡の位置をわずかに直す。
顔色は悪い。
徹夜が続いているのが一目で分かった。
「……現状報告を行います」
声は落ち着いているが、
疲労が滲んでいる。
一枚目の資料がめくられる。
「穀物価格は先月比で三割上昇」
「特に小麦は深刻で、都市部での供給不足が顕著です」
円卓の上にざわめきが走る。
二枚目。
「税収は前期比で一五%減少」
「地方からの納入が滞っております」
三枚目。
「治安維持費は急増」
「暴動鎮圧および警備強化のため、予算を圧迫しています」
さらに、
財務長官は一瞬言葉を詰まらせた。
そして続ける。
「複数の地方において、納税そのものが停止状態です」
その一言で、
室内の空気が一段階重くなる。
財務長官は紙を置いた。
説明は終わりではない。
だが、
ここから先は別の問題だと理解している顔だった。
軍務卿がすぐに口を開く。
低く、
重い声だった。
「軍も同様だ」
彼は卓上へ拳を軽く置く。
「軍糧の供給が滞っている」
「備蓄の消費が予想より早い」
資料を叩く音が響く。
「兵士の士気も落ちている」
「食えん軍は戦えん」
さらに一拍置き、
言いにくいことをあえて言う。
「国境警備を一部削減した」
その言葉に、
数名の貴族が顔を上げた。
それは明確な危険信号だった。
外敵への備えを削るほど、
内側が崩れているという意味だからだ。
続いて商務官が口を開く。
彼は他の二人より若いが、
目の下の隈は同じだった。
「商業流通について報告します」
指先で資料をめくりながら、
淡々と読み上げる。
「主要商会の一部が、流通を停止」
「運搬契約の更新拒否が相次いでいます」
さらに一行。
「王都および主要都市において、倉庫の独占が発生」
その言葉に、
カイルの視線が鋭くなる。
「保管料の高騰と合わせ、市場への供給が意図的に制限されている可能性が高い」
商務官はそう締めくくった。
報告は終わった。
だが、
誰もすぐに口を開かない。
穀物はある。
だが高騰する。
税はある。
だが入らない。
兵はいる。
だが弱っている。
物はある。
だが届かない。
バラバラの問題に見えて、
どこかで繋がっている。
その感覚だけが、
全員の中に残っていた。
レティシアの視界には、
複数の線が重なって見えた。
収穫。
輸送。
保管。
販売。
徴税。
軍需。
それぞれが本来なら循環するはずの流れ。
だが今は、
途中で詰まり、
歪み、
逆流している。
隣で、
カイルが小さく呟いた。
「全部繋がってる」
その声は低かった。
だがレティシアには、
はっきりと聞こえた。