悪役令嬢は世界のバグを修正する
「……違います」
その一言は、
決して大きな声ではなかった。
だが、
円卓の中央に落ちた瞬間、
波紋のように会議全体へ広がった。
止まる。
完全に。
誰も次の言葉を出さない。
貴族派代表の指先が、
組んだままわずかに固まる。
財務長官の紙をめくる手が宙で止まり、
軍務卿の視線がゆっくりと横へ動く。
ほんの一瞬前まで、
“結論”として固まりかけていた流れが、
根元から崩れた。
空気が変わる。
侮辱。
――見習い席の小娘が口を挟んだ。
驚き。
――今、否定したのは誰だ?
興味。
――何を言うつもりだ?
それらが混ざり合い、
重たい沈黙となって天井へ張りつく。
やがて、
右列の貴族の一人が、
わざとらしく咳払いをした。
「……発言権があるのか?」
低く、
だが明確に聞こえる声だった。
別の貴族がすぐに続ける。
「見習い席では?」
数人が小さく笑う。
今度の笑いは先ほどより鋭い。
明確な“線引き”の音だった。
カイルの肩がぴくりと動く。
だが今回は何も言わない。
横目でレティシアを見ただけだった。
レティシアは、
ただ座っていた。
姿勢を崩さず、
視線も逸らさず、
何も気にしていないように見える。
視界の奥に、
静かな表示が浮かぶ。
STATUS
INTERVENTION
CONFLICT
INITIATED
もう、
観測だけでは済まない位置に来ている。
円卓の最上座――
若き国王は、
一言も発していなかった。
ただ、
レティシアを見ている。
評価でも、
拒絶でもない。
測るような目。
この一言が、
偶然か、
理解か、
あるいは危険か。
それを見極めるための沈黙だった。
会議室の空気は、
再び動き出す寸前で止まっている。
誰かが許可すれば流れは決まる。
誰かが遮れば潰れる。
その境界線の上で、
レティシアの言葉だけが残っていた。