悪役令嬢は世界のバグを修正する
沈黙は、長くは続かなかった。
それを破ったのは、
やはり右列の中心――
灰銀の髪の有力貴族だった。
彼はゆっくりと背もたれに体を預け、
一度だけ小さく息を吐く。
それから、
口元を緩めた。
「……なるほど」
柔らかな声。
だが次の瞬間、
その声音には露骨な軽さが混じる。
「子どもの机上の空論だ」
乾いた笑いが、
円卓の上を転がった。
「流通を語るには経験が足りぬ」
指先で机を軽く叩きながら続ける。
「紙の上の数字だけで世は回らん」
「現場を知らぬ者の理屈だ」
数人の貴族が頷く。
今度の同意ははっきりしていた。
先ほどまでの揺らぎを、
押し戻すための動き。
別の席からも声が上がる。
葡萄酒の杯を揺らしていた男だ。
「市場は自然に調整されるものだ」
ゆっくりと、
諭すような口調。
「供給と需要は均衡する」
「それが経済の理だ」
彼は軽く肩をすくめる。
「多少の乱れはあろうが、それもまた自然」
「外から手を入れる方が、よほど危険だ」
円卓のあちこちで、
再び小さな同意が生まれる。
自然。
均衡。
危険。
聞こえのいい言葉が、
場を包み込む。
だがそれは、
何も変えないための言葉だった。
現状は自然だ。
だから問題はない。
もし問題があるなら、
それは一時的な揺らぎで、
いずれ収まる。
つまり――
何もしなくていい。
レティシアは、
その言葉を静かに聞いていた。
視界の奥で、
表示が淡く点滅する。
LOGIC TYPE
STATUS QUO DEFENSE
CAUSE ANALYSIS
IGNORED
原因を見ない。
構造を無視する。
代わりに、
“そういうものだ”で終わらせる。
カイルが小さく舌打ちした。
「……逃げてるだけだろ」
その呟きは小さい。
だが、
レティシアにははっきり聞こえた。
円卓の空気は、
元の形へ戻ろうとしている。
歪みを正すのではなく、
歪みごと“正しいもの”として固定する方向へ。
だが、
それを許せば、
流れは止まったままだ。
レティシアはわずかに息を吸う。
ここで止まれば、
この議論は終わる。
そして国も、
同じ場所で止まり続ける。