悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都市場。
昼だというのに、
空気は重かった。
人は多い。
だが、
活気ではない。
焦りと苛立ちが、
その場に溜まっている。
店先には列。
いつもより長い。
そして――
進まない。
パン屋の前で、
一人の男が声を荒げた。
「まだかよ!」
中から返る声。
「来てねぇんだよ!」
怒鳴り返すような調子。
別の店。
棚は半分以上が空いている。
並んでいるのは、
高値の品だけ。
手が伸びるたびに、
ためらいが走る。
通りの奥で、
荷車を待つ商人たちが固まっていた。
だが、
道の向こうには何も来ない。
砂埃すら立たない。
カイルはその様子を、
少し離れた場所から見ていた。
腕を組み、
視線だけが動く。
「……遅れてるな」
独り言のように呟く。
だが、
これは“遅れ”ではない。
完全に止まっている。
その時、
一人の商人が苛立ちを隠さずに叫んだ。
「今週は来ねぇらしい!」
周囲がざわめく。
「はぁ!?」
「どういうことだ!」
「契約はどうした!」
怒号が重なる。
別の男が歯を食いしばる。
「知らねぇよ……上が止めてる」
その言葉に、
一瞬だけ沈黙が落ちる。
誰もが、
意味を理解している。
だが、
次の瞬間には怒りに変わる。
「ふざけるな!」
「こっちは売るもんがねぇんだぞ!」
「客が暴れるぞ!」
実際、
列の後方では押し合いが始まっていた。
小さな衝突。
怒鳴り声。
腕を掴む音。
兵士が駆け寄る。
「落ち着け!」
だが、
抑えきれない。
空気が変わる。
わずかなきっかけで、
崩れそうな均衡。
カイルの視線が、
市場全体をなぞる。
店。
人。
空いた棚。
来ない荷。
すべてが、
一つの結果を作っている。
「……作ってるな」
低く呟く。
これは偶然じゃない。
事故でもない。
供給が足りないのではない。
“足りなくしている”。
どこかで止められた物資が、
ここに来ない。
それだけで、
この状態になる。
簡単すぎる。
そして、
効果が大きすぎる。
一人の女が、
店主に詰め寄る。
「いつ入るの!?」
声は震えている。
怒りと、
不安と、
恐怖が混ざっている。
店主は視線を逸らしたまま答える。
「……分からねぇ」
それが現実だった。
分からない。
だが、
止められている。
カイルは小さく息を吐いた。
視界の奥に、
昨日の構造図が重なる。
倉庫。
流通路。
許可。
どこを押さえれば、
この状況を作れるか。
もう分かっている。
「……効いてるな」
ぽつりと漏れる。
狙い通りに。
完璧に。
市場はまだ崩れていない。
だが、
時間の問題だ。
あと少しで、
“暴発する”。
王都の中心で、
静かに、
確実に、
“不足”が作られていた。