悪役令嬢は世界のバグを修正する
物流管理局は、
朝から妙に静かだった。
人はいる。
役人も、
書記も、
兵も。
だが、
空気が張りつめている。
カイルはその中を、
何事もない顔で歩いた。
視線だけが、
周囲を拾っている。
机の上の帳簿。
閉じられた引き出し。
妙に整いすぎた書類の山。
「記録、見せてもらえるか」
軽く言う。
対応した役人は一瞬だけ迷い、
すぐに棚から帳簿を取り出した。
「こちらです」
差し出されたそれを、
カイルはそのまま机に広げる。
ページをめくる。
日付。
通行数。
許可印。
一見、
問題はない。
だが――
カイルの指が止まる。
「……ここ」
ある日付。
その列だけが、
妙に整っている。
数値が揃いすぎている。
さらにめくる。
別の日。
そこは――
空白。
何も書かれていない。
「この日、何も通ってないのか?」
カイルは顔を上げずに聞く。
役人は一瞬だけ言葉に詰まり、
「……記録が残っていません」
とだけ答えた。
残っていない。
消えたのではなく、
最初からなかったかのような言い方。
カイルは何も言わず、
別の帳簿へ手を伸ばす。
倉庫在庫の管理記録。
同じ日付を探す。
見つかる。
そこにある数字。
「……減ってるな」
前日まで満杯に近かった在庫が、
その日を境に、
不自然に減っている。
だが、
出庫の記録はない。
輸送の記録もない。
つまり――
「消えたことになってる」
ぽつりと呟く。
紙の上では、
確かに減っている。
だが、
現実の動きが伴っていない。
カイルはゆっくりと背を伸ばした。
帳簿を閉じる。
軽い音。
だが、
中身は軽くない。
頭の中で、
昨夜の火災と繋がる。
焼けた倉庫。
消えた書類。
空白の記録。
減少した在庫。
全部、
同じ方向を向いている。
「……燃えたことにしたな」
静かに言う。
誰に向けた言葉でもない。
だが、
その場の空気がわずかに固まる。
火災で消えた。
だから記録がない。
だから在庫も減った。
筋は通る。
完璧に。
現実を変えたのではない。
記録を変えた。
それだけで、
現実が変わったことになる。
カイルは帳簿を机に戻した。
視線だけが鋭い。
「……やり方が綺麗すぎる」
乱暴ではない。
壊していない。
整えている。
証拠ごと、
現実を作り直している。
役人は何も言わない。
言えない。
カイルは踵を返した。
もう十分だ。
必要なものは揃った。
外へ出る直前、
小さく呟く。
「これで“事故”か」
皮肉にもならない声だった。
扉の外に出ると、
いつもの王都の音が戻る。
だがその裏で、
確かに書き換えられている。
事実が。
そして――
現実そのものが。