悪役令嬢は世界のバグを修正する
深夜。
王都の倉庫街は、
昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
石造りの建物が並び、
重たい扉はすべて閉ざされている。
――その一角で、
火が上がった。
最初は小さかった。
扉の隙間から漏れる、
かすかな橙色の揺らぎ。
だが次の瞬間、
内部から一気に燃え上がる。
「火事だ!!」
誰かの叫びが夜を裂いた。
炎は倉庫の内側を舐めるように広がる。
乾いた木箱がはじけ、
積まれていた荷が崩れ落ちる。
だが――
不思議なことに、
火は外へ出ない。
壁を越えず、
隣へ移らず、
その一棟の中だけで燃え続ける。
まるで、
“そこだけを焼く”ように。
すぐに足音が響いた。
消火隊。
到着が早すぎる。
近くに待機していたかのような速度で、
水が放たれる。
「こっちだ、抑えろ!」
統制の取れた動き。
迷いがない。
炎は短時間で押さえ込まれていく。
延焼はしない。
被害は広がらない。
やがて、
火は消えた。
夜が戻る。
焦げた匂いだけが、
空気に残る。
倉庫の前に立つ男が、
崩れた扉の奥を見つめていた。
黒く焼けた床。
崩れた木箱。
そして――
空いた棚。
「……少ねぇな」
ぽつりと漏れる。
本来なら、
満杯だったはずだ。
だが、
焼け残った量が少ない。
いや、
“最初から少なかった”かのように。
別の男が中へ入り、
奥を確認する。
「帳簿は?」
返事はすぐだった。
「……全部燃えてる」
積まれていたはずの書類棚。
そこだけが、
徹底的に焼け落ちている。
他は残っているのに、
そこだけが。
外では、
消火隊が道具を片付けていた。
誰も騒がない。
誰も驚かない。
予定通りに終わった作業のように。
風が吹く。
焦げた灰が、
静かに舞い上がる。
その中で、
一つの事実だけが残る。
焼けたのは、
“必要なものだけ”。
物資の一部。
そして、
証拠。
事故ではない。
偶然でもない。
選ばれている。
燃やすものを。
残すものを。
この火は、
破壊ではない。
処理だ。
王都の夜は静かだった。
だがその裏で、
一つの痕跡が、
きれいに消されていた。