悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都中央広場。
昼下がり。
人が集まり、
声が交わり、
情報が流れる場所。
その一角に、
新しい紙が貼られていた。
掲示板。
いつもなら商取引や告知が並ぶそこに、
妙に目立つ文字が並んでいる。
――改革案に関する注意
立ち止まる人。
読み上げる者。
それを聞く者。
「……見ろよこれ」
男が指差す。
紙には、
簡潔な言葉で書かれている。
「改革すれば食糧が止まる」
ざわめきが広がる。
「止まるって……どういうことだ?」
別の紙。
「市場が崩壊する」
さらに、
隣の掲示。
「王が流通を奪う」
言葉は短い。
だが、
強い。
通りがかりの女が、
不安そうに呟く。
「本当なの……?」
隣の男が腕を組む。
「あり得るだろ。今だってこんなだ」
市場の混乱。
供給の遅れ。
それが、
すでに起きている。
だから、
信じてしまう。
遠くで、
新聞売りの声が響く。
「号外だ! 経済混乱続く!」
人が集まる。
紙が配られる。
記事の見出し。
――急激な制度変更が招く危機
――供給停止の可能性
――流通統制の懸念
内容は断定していない。
だが、
方向は同じだ。
読む者の顔が曇る。
「やっぱり危ないんじゃないか……」
「今より悪くなったらどうする」
疑問ではない。
不安だ。
そして不安は、
簡単に広がる。
広場の中心。
人の流れが、
ゆっくりと変わっていく。
誰かが言う。
「やめた方がいいんじゃないか」
別の誰かが頷く。
「このままの方がまだマシだ」
その言葉が、
さらに広がる。
レティシアは、
その様子を少し離れた場所から見ていた。
視線は、
掲示板から人へ。
人から新聞へ。
新聞から、
また人へ。
流れている。
だが、
自然ではない。
視界の奥に、
表示が浮かぶ。
INFORMATION FLOW
CONTROLLED
操作されている。
彼女は理解する。
(……未来を使ってる)
まだ起きていないこと。
起きるかもしれないこと。
それを、
確定した危機のように見せる。
証明はいらない。
実際に起きていなくてもいい。
“起きるかもしれない”だけで、
十分だ。
人は、
未来の損失を恐れる。
だから、
動かなくなる。
カイルが隣で小さく呟く。
「上手いな」
感心ではない。
分析だ。
「事実じゃなくて、“可能性”で縛ってる」
レティシアは黙って頷いた。
すでに流れは変わっている。
改革の是非ではない。
やるべきかどうかでもない。
“怖いかどうか”に、
すり替わっている。
掲示板の前で、
一人の男が紙を剥がそうとした。
だが、
周囲の視線が止める。
「やめとけ」
誰かが言う。
「本当かもしれないだろ」
それで終わる。
真偽ではない。
疑いが残る限り、
その情報は残る。
レティシアの視界に、
もう一つの表示が重なる。
ERROR SOURCE
FEAR
原因は、
恐怖。
未来に対する不安が、
人の判断を奪う。
彼女は静かに息を吐いた。
これは議論ではない。
説得でもない。
“先に結論を植え付ける戦い”だ。
広場の喧騒は変わらない。
だがその中で、
確実に、
一つの方向が作られていた。
まだ起きていないはずの危機が、
すでに“現実”として扱われ始めている。