悪役令嬢は世界のバグを修正する
宿舎の部屋は、
紙で埋まっていた。
壁一面に貼られた資料。
机の上に広げられた帳簿。
床にまで置かれた記録束。
収穫量。
輸送量。
在庫。
価格。
契約。
すべてが、
揃っている。
矛盾も、
構造も、
原因も。
カイルは椅子に深く座り、
片目だけで資料を追っていた。
「ここまで揃えば十分だろ」
投げるような声。
事実でもある。
これ以上の証拠は、
普通は必要ない。
だが――
レティシアは、
窓の前に立ったまま動かなかった。
外には、
夜の王都。
遠くに灯り。
わずかなざわめき。
視線は外に向いている。
だが、
見ているのは別のものだった。
(見えてる)
頭の中で、
流れが組み上がっている。
倉庫。
輸送。
市場。
どこで止まり、
どこで歪むか。
全部、
分かっている。
(でも――)
わずかな違和感。
何かが、
足りない。
資料に目を落とす。
数字は正確だ。
理屈も通っている。
だが、
それだけだ。
(触れてない)
現実に。
その重さに。
その影響に。
カイルが顔を上げる。
「まだ何かあんのか?」
軽く聞く。
レティシアは答えない。
ゆっくりと、
窓から視線を外す。
部屋の中を見る。
貼られた紙。
引かれた線。
組み上げられた構造。
完璧だ。
だからこそ、
分かる。
これだけでは、
動かない。
王も。
市民も。
“納得しない”。
そして、
自分自身も。
レティシアは一歩、
机に近づいた。
指で、
資料の端を軽く押さえる。
冷たい。
紙の感触。
それが、
現実との距離を示しているようだった。
小さく息を吸う。
そして――
「……行く」
短い言葉だった。
だが、
意味は明確だった。
カイルの眉がわずかに動く。
「どこに」
レティシアは迷わない。
「全部」
倉庫。
市場。
街。
外。
机の上にあるものを、
“確かめに行く”。
カイルは一瞬だけ黙り、
やがて小さく笑った。
「……だと思った」
椅子から立ち上がる。
軽く肩を回しながら、
「じゃあ、行くか」
当然のように言う。
レティシアは頷く。
もう迷いはない。
理屈は揃った。
次は――
現実だ。
彼女は扉へ向かう。
その足取りは静かで、
だが確かだった。
机の上に残された資料が、
わずかに揺れる。
それは、
ここから先が――
“別の段階”であることを、
示していた。