悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都市場は、
音で満ちていた。
人の声。
呼び込み。
値段のやり取り。
だがそのすべてが、
どこか尖っている。
余裕のない音だった。
レティシアは通りに足を踏み入れる。
すぐに分かる。
違う。
以前の市場とは。
棚が――空いている。
本来なら、
山のように積まれているはずの食料。
野菜も、
穀物も、
乾物も。
その多くが、
ない。
残っているものは、
少量。
しかも、
質が悪い。
その前に、
列ができている。
長く、
途切れず、
じりじりとしか進まない列。
「次、二つまでだ!」
店主の声が飛ぶ。
「それ以上は売れねぇ!」
列の中で、
不満が上がる。
「足りねぇんだよ!」
「昨日より高いじゃねぇか!」
実際に、
高い。
値札が書き換えられている。
昨日の上に、
さらに上書き。
カイルがちらりと見る。
「三倍近いな」
平然と言うが、
その意味は重い。
レティシアは棚に目を向ける。
少量の小麦。
わずかな乾燥肉。
それを、
人が取り合っている。
(足りない)
最初に浮かぶ認識。
だが――
すぐに、
修正される。
(違う)
頭の中で、
さっき見た光景が重なる。
倉庫。
積まれた物資。
動かない在庫。
ここには、
ない。
だが、
あそこにはあった。
その差が、
はっきりと見える。
レティシアの視界に、
重なるように二つのイメージが浮かぶ。
満たされた倉庫。
空の市場。
繋がっているはずのものが、
繋がっていない。
彼女は静かに息を吐く。
(足りないんじゃない……)
目の前で、
一人の女が商品を手に取る。
そして、
値段を見て固まる。
「……これだけで?」
震える声。
店主は目を逸らす。
「今はそういうもんだ」
説明ではない。
言い訳でもない。
ただ、
現実。
女はしばらく迷い、
やがて、
一つだけ買う。
本来なら、
足りない量。
それでも、
それしか買えない。
列の後ろから、
焦れた声が上がる。
「早くしろ!」
圧力がかかる。
レティシアはその一連を、
黙って見ていた。
値段が、
行動を変える。
行動が、
生活を変える。
そして、
生活が――
削られていく。
彼女の視界に、
静かに表示が浮かぶ。
RESOURCE FLOW
DISCONNECTED
供給はある。
需要もある。
だが、
繋がっていない。
それだけで、
すべてが崩れる。
カイルが小さく呟く。
「見事なもんだな」
皮肉が混じる。
「余ってるのに、足りない」
その一言で、
全てが言い表されていた。
レティシアは、
もう一度市場全体を見る。
空の棚。
高い値段。
長い列。
そして、
焦りと苛立ち。
それらすべてが、
一つの原因に収束している。
彼女ははっきりと理解する。
(足りないんじゃない)
わずかに目を細める。
(繋がってない)
それが、
この混乱の正体だった。