悪役令嬢は世界のバグを修正する
静けさが、
もう一度、室内を満たした。
だが今度の沈黙は、
先ほどまでとは違う。
問いではない。
答えを待つ沈黙でもない。
“判断の前”の静けさ。
王は、
ゆっくりと視線を上げた。
レティシアを見る。
その奥にあるものを、
測るように。
そして、
初めて――
はっきりと口を開いた。
「……通す、か」
短い言葉。
だが、
それは繰り返しではない。
咀嚼だ。
意味を受け取り、
形にしている。
王の指先が、
わずかに机を叩く。
一度。
それだけで、
全員の意識が集中する。
「全面ではない」
先に、
線を引く。
それだけで、
場の緊張がわずかに動く。
「すべてを変えるつもりはない」
明確な否定。
だが――
それで終わらない。
「だが」
一拍。
視線が、
円卓を一巡する。
「一つなら、見られる」
その言葉で、
空気が変わる。
完全な支持ではない。
だが、
完全な拒否でもない。
中間ではない。
“条件付きの前進”。
宰相がわずかに眉を動かす。
王弟は腕を組んだまま、
沈黙する。
誰もすぐには反応しない。
王は続ける。
「小規模で行え」
「限定された範囲で」
「影響を測る」
言葉は簡潔だ。
だが、
意味は明確。
実験。
試す。
そして――
観る。
「公にはしない」
さらに条件を重ねる。
「王命としては出さぬ」
それは、
距離を置くということ。
責任の線引き。
だが同時に、
完全に切り離すわけでもない。
「必要な支援は、裏で行う」
静かな補足。
それが、
すべてだった。
全面的な後ろ盾ではない。
だが、
見捨てるわけでもない。
王の選択は明確だった。
賭けではない。
観測。
結果を見て、
判断する。
そのための、
一歩。
レティシアは、
わずかに頷いた。
十分だと、
理解している。
これ以上は、
必要ない。
むしろ、
多すぎる。
一つ通ればいい。
それで、
すべてが変わる。
王は最後に、
短く言う。
「見せてみろ」
命令ではない。
要求でもない。
確認だ。
できるのかと。
レティシアは、
静かに答える。
「……はい」
それだけだった。
だが、
その一言で――
流れは、
確かに動き始めていた。