悪役令嬢は世界のバグを修正する
ざわめきが、
ゆっくりと収まっていく。
中央の席に、
一人の貴族が立ち上がった。
年配。
落ち着いた佇まい。
装飾は多くないが、
それが逆に重みを持つ。
彼が、
今回の“代表”だった。
視線を巡らせる。
貴族席。
官僚。
商人。
そして、
上層の観覧席――市民たち。
全員を確認してから、
ゆっくりと口を開いた。
「まず、前提を確認しておきましょう」
穏やかな声。
押し付けるような強さはない。
だが、
よく通る。
「市場とは、本来――」
一拍。
「自由であるべきものです」
その言葉は、
静かに広がる。
強くはない。
だが、
否定しにくい。
観覧席の一角で、
小さく頷く者がいる。
商人たちの間にも、
同意の気配。
貴族は続ける。
「誰かが意図的に操作するものではない」
「流れは、自然に調整される」
「それが、長く続いてきた原則です」
“原則”。
その言葉が、
重みを持つ。
新しい理屈ではない。
昔からそうだった、
という安心感。
「しかし――」
少しだけ、
声の調子を変える。
「中央がそれを管理しようとすれば、どうなるか」
わずかな間。
「腐敗を招きます」
断言。
ざわめきが、
小さく揺れる。
「一部の判断で、全体が歪む」
「権限が集中すれば、必ず濁る」
「それは歴史が証明しています」
理屈として、
筋が通っている。
否定するには、
別の理屈が必要になる。
そして、
最後に。
貴族は、
ゆっくりと背筋を伸ばした。
「我々は――」
視線が、
貴族席へ向く。
「この国の流通を、長く担ってきました」
誇張はない。
事実として語る。
「責任を負い」
「維持し」
「守ってきた」
一つずつ、
積み上げるように。
「その積み重ねが、今の安定を作っています」
締めの言葉。
強くはない。
だが、
揺るがない調子。
語り終えると、
彼はゆっくりと座った。
拍手は起きない。
だが、
沈黙が肯定を含んでいる。
観覧席では、
何人かが頷いていた。
「……確かに」
「間違ってはいない」
小さな声が、
広がる。
正論に聞こえる。
筋が通っている。
そして何より――
安心できる。
変わらないことへの、
肯定。
場の空気は、
ゆっくりと傾いていく。
まだ、
誰も勝ってはいない。
だが――
“正しそうな言葉”が、
先に場を取った。