悪役令嬢は世界のバグを修正する
わずかに傾いた空気の中で、
レティシアは立ち上がった。
拍手はない。
歓声もない。
ただ、
視線だけが集まる。
期待ではない。
警戒と、
疑い。
それを受け止めたまま、
彼女は一歩前に出る。
中央。
円形の討論席の、
ちょうど焦点となる位置。
姿勢は変わらない。
背筋を伸ばし、
視線は水平。
感情は、
表に出ていない。
誰かを睨むことも、
誰かに訴えることもない。
ただ、
そこに立つ。
ざわめきが、
少しだけ残っている。
だが、
彼女はそれを待たない。
静かに口を開く。
「……数字を確認します」
それだけだった。
短い。
説明もない。
前置きもない。
だが――
その一言で、
場の質が変わる。
抽象から、
具体へ。
理念から、
現実へ。
先ほどまでの言葉は、
正しさを語っていた。
だが、
それが本当にそうかどうかは、
示されていない。
レティシアは、
そこに触れる。
観覧席の一角で、
誰かが小さく息を飲む。
商人の一人が、
腕を組み直す。
官僚が、
無意識に手元の紙へ視線を落とす。
何かが、
始まると分かる。
彼女は続けない。
間を置く。
その沈黙が、
意味を持つ。
言葉を重ねる代わりに、
“これから出るもの”の重さを、
先に置く。
空気が、
静かに張り詰めていく。
誰もが、
次を待つ。
何を言うのか。
何を出すのか。
そして――
その瞬間、
場は完全に切り替わった。
理想を語る場から、
現実を測る場へ。