悪役令嬢は世界のバグを修正する
静寂の中で、
レティシアは視線を落とした。
手元の資料。
整然と並んだ数字。
それを、
そのまま拾い上げるように、
言葉にする。
「収穫量」
一拍。
「平年比、九十八から百二パーセント」
淡々とした声。
強調はない。
だが、
はっきりと届く。
観覧席の一部で、
小さなざわめき。
「……平年並み?」
想定と違う。
“不足しているはず”という前提が、
わずかに揺れる。
レティシアは続ける。
「輸送量」
視線は上げない。
「前年比、百十三パーセント」
今度は、
はっきりとざわめきが広がる。
商人の一人が、
眉をひそめる。
「増えてる……?」
供給が足りないなら、
輸送は減るはずだ。
だが、
数字は逆を示している。
そして――
レティシアは、
最後の項目に触れる。
ほんのわずかに、
間を置いて。
「市場供給量」
視線が、
わずかに上がる。
「減少しています」
静かな断言。
今度は、
はっきりとしたざわめき。
三つの事実。
収穫は減っていない。
輸送は増えている。
それなのに、
市場には届いていない。
頭の中で、
繋がらない。
矛盾が、
そのまま場に置かれる。
レティシアは、
そこで初めて顔を上げた。
観客を見る。
貴族席。
商人。
市民。
全員を、
一度だけ。
そして、
結論を言う。
「不足ではありません」
その一言が、
場に落ちる。
重く。
静かに。
だが、
確実に。
「……え?」
誰かが、
思わず声を漏らす。
「じゃあ、なんで……」
疑問が、
空気に浮かぶ。
これまでの前提が、
崩れる。
“足りないから高い”
その理解が、
成立しなくなる。
ざわめきは、
今度は収まらない。
小さな声が、
連鎖する。
確認。
否定。
戸惑い。
レティシアは、
それを止めない。
説明もしない。
ただ、
事実だけを置いた。
その結果――
場は、
初めて“考え始める”。