悪役令嬢は世界のバグを修正する
議場の空気は、
もう最初とは別物だった。
先ほどまで場を支配していたのは、
“なんとなく正しそうな言葉”だった。
自由市場。
伝統。
自然な調整。
それらは、
聞き心地が良かった。
複雑な現実を、
単純にしてくれるからだ。
だが今、
数字が置かれ、
構造が繋がり、
現実が示された。
結果、
言葉だけでは支えきれなくなる。
商人席の空気が、
最初に変わった。
「……待て」
「じゃあ、俺たちは……」
誰かが、
途中で言葉を止める。
理解しかけている。
自分たちが、
“市場”だと思っていたもの。
その流れ自体が、
握られていた可能性を。
「価格が上がったんじゃなくて……」
「上げられてたのか?」
ざわめきが広がる。
今まで見えていた現象が、
別の意味へ変わっていく。
一方、
上層席の市民たち。
彼らもまた、
静かに変わり始めていた。
「足りないんじゃなかった……?」
「あるのに、来てない……?」
恐怖の向きが変わる。
これまでは、
“改革”が怖かった。
だが今は、
“今の状態そのもの”へ、
疑いが向く。
市場が壊れているのではない。
壊されているのではないか。
その認識が、
ゆっくりと広がる。
そして、
貴族席。
沈黙している者が増えていた。
目を逸らす。
腕を組む。
何も言わない。
反論が消えている。
完全に認めたわけではない。
だが、
否定しきれない。
その沈黙自体が、
場に伝わる。
誰かが、
ぽつりと呟く。
「……操作されてるんじゃないか?」
小さな声。
だが、
今度は消えない。
周囲が否定しない。
むしろ、
繋がっていく。
「だから届かない」
「だから値段が上がる」
「だから止まってる……」
理解が、
連鎖する。
今まで、
誰も全体を見ていなかった。
不足。
高騰。
契約。
倉庫。
全部、
別々の問題だと思っていた。
だが違う。
一つの構造だ。
その認識が、
初めて共有される。
視界の奥で、
レティシアは静かに状況を見ていた。
表示が、
淡く浮かぶ。
INFORMATION FLOW
SHIFTING
認識が変わる。
それは、
感情より強い。
なぜなら、
一度“構造”を理解した者は、
もう以前と同じ見方には戻れないからだ。
そして今――
この国は初めて、
“何が起きているのか”を、
共有し始めていた。