悪役令嬢は世界のバグを修正する
静寂。
今度の沈黙は、
さっきまでとは違った。
考えている沈黙ではない。
崩れ始めた沈黙。
貴族席の空気が、
わずかに乱れる。
視線が交差する。
小さな囁き。
だが、
すぐには誰も立てない。
先ほどまであった余裕が、
消えていた。
ようやく、
一人が口を開く。
「……それは」
言葉が、
少し遅れる。
「統計の解釈によるものでしょう」
弱い。
さっきまでの断定がない。
“自然に調整される”と語っていた声が、
後退している。
「数字というものは、見方によって変わる」
補足する。
だが、
場は動かない。
説得ではなく、
弁明に近い。
別の貴族が、
慌てるように続けた。
「偏った地域を抽出すれば、そういう結果にもなる」
「一部の異常を全体へ当てはめるのは危険だ」
繰り返し。
だが、
さっきより弱い。
なぜなら、
もう“構造”が見えている。
倉庫。
契約。
出庫制限。
価格推移。
全部が繋がってしまった。
今さら、
局所問題だけでは支えきれない。
さらに別の席から、
声が飛ぶ。
「……仮に不正があったとしても、」
わずかな間。
「それは一部の管理者によるものだ」
責任を切り離す。
個別化。
限定化。
全体構造から、
逃がそうとする。
だが、
その瞬間。
観覧席の空気が、
初めて変わった。
「一部、で済むのか?」
小さな声。
だが、
はっきりと届く。
「こんだけ出てて……?」
疑念が、
今度は民側から向く。
先ほどまで、
貴族の言葉に頷いていた者たち。
その一部が、
もう戻らない。
“自然”という説明が、
成立しなくなっている。
貴族たちも、
それを感じていた。
だから、
強く否定できない。
否定すれば、
新しい証拠を求められる。
認めれば、
構造が崩れる。
結果――
言葉が、
曖昧になる。
「可能性」
「解釈」
「例外」
「偏り」
断定が消えていく。
場の中心から、
ゆっくりと力が抜けていく。
完全に崩れたわけではない。
だが、
もう押し返せない。
理屈が、
耐えられなくなっていた。
そして今、
誰の目にも分かる形で、
流れが変わり始める。
貴族側は、
初めて“守り”に入った。