悪役令嬢は世界のバグを修正する
沈黙が、
一瞬だけ場を支配する。
否定も、
反論も、
すぐには出てこない。
その隙間に――
椅子が、
静かに引かれた。
「……補足します」
低く、
抑えた声。
これまでほとんど発言していなかった、
主任が立ち上がる。
書類を抱えている。
だが、
それを見ない。
すでに整理されている。
頭の中で。
視線は、
まっすぐ前へ。
「価格推移について」
場の空気が、
わずかに引き締まる。
数字の話は、
もう一度来る。
だが、
今度は意味が違う。
「通常の市場では、」
ゆっくりと、
言葉を選ぶ。
「供給が減少すれば価格は上がる」
「供給が回復すれば、価格は下がる」
基本。
誰でも知っている原理。
「しかし今回の推移は――」
一拍。
「それに一致していません」
ざわめきが、
小さく走る。
「供給は減少していない」
「輸送はむしろ増加している」
「にもかかわらず、価格は継続的に上昇」
一つずつ、
事実を重ねる。
逃げ道を、
塞ぐように。
「さらに」
主任は、
わずかに視線を動かす。
「出庫制限と保管料上昇が、同時に発生している」
「これは――」
言葉が、
わずかに重くなる。
「通常の市場変動では、起こりません」
断言。
理屈の形を崩さないまま、
線を引く。
ここまでは、
まだ“異常”だ。
だが、
次で変わる。
主任は、
一歩だけ前に出た。
そして、
はっきりと言う。
「説明可能なのは、一つです」
間。
誰も、
声を出さない。
全員が、
次を待つ。
そして――
「操作されている場合のみ」
その言葉で、
空気が止まる。
否定の余地が、
消える。
偶然ではない。
例外でもない。
自然でもない。
残るのは、
前提。
“意図的な制御”。
主任は、
最後に一言だけ付け加えた。
「これは市場ではない」
静かに。
だが、
完全に。
その瞬間、
これまで積み上げられてきた“前提”が、
崩れ落ちる。
自由市場。
自然な調整。
伝統的な管理。
すべてが、
意味を失う。
場に残るのは、
一つの認識だけだった。
――これは、
作られたものだ。