悪役令嬢は世界のバグを修正する
宿舎の夜は、
妙に静かだった。
外では王都が揺れている。
だがここだけは、
音が切り取られたように静まっている。
机の上に置かれた資料は、
もう整理されていない。
開かれたままの帳簿。
重ねられた報告書。
書きかけの修正案。
それらを、
レティシアは見つめていた。
だが、
目の焦点は紙ではない。
その奥にある“構造”を見ている。
――以前の彼女なら。
「正しい形に戻せばいい」と考えていた。
歪みを正す。
無駄を削る。
止まっている流れを通す。
それが、
最も合理的だと信じていた。
だが今は違う。
机の上に、
淡い光のような表示が浮かぶ。
SYSTEM LOAD
CRITICAL
SOCIAL STABILITY
COLLAPSING RISK
その文字は、
単なる警告ではない。
“正しさ”が、
そのまま実行不能であることを示していた。
レティシアは、
ゆっくりと息を吐く。
(急激に動かすと、崩壊する)
理解は、
静かだった。
恐怖ではない。
混乱でもない。
ただの“構造理解”。
彼女は立ち上がることなく、
視線だけを動かす。
王都の地図。
報告の山。
流通の線。
軍の補給ルート。
地方の不安点。
すべてが、
一本の線で繋がっている。
そしてその線は、
すでに張り詰めている。
一か所を強く引けば、
全体が切れる。
だから壊れているのではない。
壊れかけのまま、
保たれている。
レティシアの指が、
わずかに動く。
机の端に置かれたペンが、
音もなく転がる。
その音だけが、
やけに大きく感じられた。
(構造は腐っている)
心の中で、
言葉が形になる。
(でも――)
視線が、
一点に止まる。
(支えているのも、構造)
それは矛盾ではなかった。
現実だった。
壊れているからこそ、
動いている。
止まっていないからこそ、
壊れきっていない。
彼女は理解する。
今の国は、
修復対象ではない。
解体対象でもない。
“維持しながら変える”しかない。
それは、
最も難しい選択だった。
壊してから直すのは簡単だ。
だが、
それはもう許されない。
この国には、
まだ生きている人間がいる。
流れている食糧がある。
止まっている軍がある。
揺れている地方がある。
全部が、
同時に存在している。
レティシアは、
静かに目を閉じた。
(壊してから直すでは、遅い)
その結論は、
冷たく、
しかし明確だった。
そして次に開いたとき、
彼女の中で“戦い方”が変わっていた。