悪役令嬢は世界のバグを修正する
王宮会議室は、
いつもより明るいはずなのに暗く見えた。
窓から差し込む光が、
机の上の書類を白く浮かせる。
だが、
その白さは救いではない。
むしろ、
現実の濁りを強調していた。
報告が、一つずつ読み上げられる。
「軍補給、依然として遅延」
「地方州、警戒態勢を継続」
「市場流通、回復傾向なし」
「商会活動、取引縮小傾向」
声が落ちるたびに、
空気が重くなる。
誰も驚かない。
すでに“知っている事実”だからだ。
ただ、
並べ直されることで現実になる。
王は椅子に座ったまま、
動かない。
その視線は、
机の一点に固定されている。
報告書の山。
その奥に、
見えないものを見ているようだった。
会議室の端では、
宰相が静かに眉を寄せている。
軍務官は腕を組み、
文官はペンを止めたまま。
誰も、
軽い言葉を出さない。
ここにあるのは、
政策論ではない。
数字でもない。
国家そのものの“負荷”だった。
軍が動かない。
地方が揺れる。
市場が歪む。
商会が縮む。
それらが同時に起きるということは――
どこか一つの問題ではない。
構造そのものが、
限界に近づいているということだ。
沈黙の中、
誰かが小さく言う。
「……内乱前夜、ですね」
誰も否定しない。
むしろ、
その言葉の方が正確だった。
今の王都は、
爆発していないだけだ。
だが、
圧力はすでに溜まっている。
どこか一つが崩れれば、
連鎖する。
王はゆっくりと目を閉じる。
頭の中に浮かぶのは、
一つの問いだった。
(ここで押せば、壊れる)
押すとは何か。
改革を進めることか。
それとも、
止めることか。
どちらにしても、
均衡は崩れる。
すでに、
どちらかの選択ではなくなっていた。
“どこまで壊さずに進めるか”。
それだけの問題になっている。
宰相が静かに口を開く。
「陛下」
その声は慎重だった。
「判断を急ぐべき段階ではありません」
軍務官が続く。
「軍は持ちます。しかし、長くは」
文官が補う。
「地方の動きは、時間と共に拡大します」
全員が言っていることは同じだった。
時間がない。
だが、
急げば壊れる。
矛盾。
逃げ道のない矛盾。
王はゆっくりと目を開ける。
そこには、
判断ではなく“重さ”があった。
改革か保守かではない。
正しさか誤りかでもない。
今問われているのは――
国家が、
耐えられるかどうかだった。
机の上で、
一枚の報告書が風もないのにわずかに揺れる。
まるで、
限界が近いことを示すように。
王は、
その紙を見つめたまま、
何も言わなかった。