悪役令嬢は世界のバグを修正する
会議の余波は、
王宮の外にも確実に広がっていた。
そして同じように、
貴族社会の内部にも亀裂を生んでいた。
王都北区。
石造りの邸宅の一室。
厚い扉の内側で、
複数の貴族が机を囲んでいる。
先ほどまでの討論会とは違う空気。
ここは“公開の場”ではない。
利益と権力の、
生々しい現実の場だった。
机の上には報告書が広げられている。
レティシアの提案内容。
限定州での流通改革。
補給改善案。
商会契約の調整。
それらを見ながら、
沈黙が続いていた。
最初に口を開いたのは、
年配の貴族だった。
「今のうちに潰すべきだ」
短く、断定。
「これ以上広がれば、手がつけられなくなる」
視線が集まる。
その声には迷いがない。
“秩序”ではなく、
“支配構造”を守る判断だった。
すぐに同調する者もいる。
「軍補給にまで手を出された」
「地方が揺れ始めている」
「今ならまだ止められる」
空気が一度、
“強硬”へ傾く。
だが、
それを遮るように別の声が入る。
「待て」
若い貴族だった。
冷静な目で、
資料を指で叩く。
「限定案だ」
「全面ではない」
「数州だけなら、我々の流通網は維持できる」
沈黙。
意味が変わる。
“敵か味方か”ではない。
“損か得か”へ軸がずれる。
若い貴族は続ける。
「むしろ試験結果を握れる」
「失敗すれば止めればいい」
「成功すれば、主導権は我々にある」
その瞬間、
空気がさらに割れる。
強硬派は眉をひそめる。
だが完全には否定できない。
現実派の論理は、
あまりに“合理的”だった。
誰かが小さく呟く。
「……今潰せば、王家との関係が悪化する」
別の声。
「だが放置すれば、流れが変わる」
選択肢が、
どちらもリスクになる。
結果として――
貴族側は一つにまとまれなくなる。
強硬派は、
即時排除を主張し続ける。
現実派は、
条件付き容認へ傾く。
保守的な中間層は、
沈黙する。
誰も決断できない。
“敵が一枚岩ではない”という事実が、
ここで明確になる。
王宮の外で起きた変化が、
内部の判断を割っている。
それは単なる意見の違いではない。
利益構造そのものの違いだった。
強く押す者は、
失うものが少ない者。
慎重になる者は、
維持したいものが多い者。
同じ貴族という枠の中で、
すでに利害が分岐していた。
会議は結論を出さないまま、
静かに終わる。
だが誰もが理解していた。
もう以前のように、
一つの意志で動くことはできない。
外からの改革ではなく、
内側の分裂が始まっている。
それ自体が、
戦局を変えつつあった。