悪役令嬢は世界のバグを修正する
会議室は、
もう議論の場ではなかった。
誰も新しい主張を出さない。
誰も相手を説得しようとしない。
ただ、
結論を待っている。
王は椅子に座ったまま、
長いあいだ沈黙していた。
窓の外では、
王都の光が揺れている。
それは平穏ではない。
不安の中で保たれた、
ぎりぎりの均衡だった。
机の上には、
積み上がった報告書。
軍補給の遅延。
地方の不穏。
市場の混乱。
商会の萎縮。
それらすべてが、
一つの判断に集約されている。
押すか。
止めるか。
どちらも正しく、
どちらも危険だった。
沈黙の中で、
王はようやく口を開く。
その声は、
重くはない。
だが、
逃げてもいない。
「数州限定での試験を許可する」
空気がわずかに動く。
だが、
誰もすぐには反応しない。
それは勝利ではなかった。
妥協でもない。
“停止の解除”でもない。
ただ、
次へ進むための条件だった。
王は続ける。
「王家の監督下で行う」
「軍の補給は優先して改善する」
一拍。
「一部貴族の協力を条件とする」
その瞬間、
会議室の意味が変わる。
改革は承認された。
しかし、
完全ではない。
王が選んだのは、
全面支持ではない。
限定的な承認。
それはつまり、
“観察”でもあった。
結果を見るための決断。
成功すれば広げる。
失敗すれば止める。
王の視線が、
レティシアへ向く。
そこには問いがあった。
「この国を壊さずに変えられるのか」
レティシアは一礼する。
深くはない。
だが迷いもない。
その姿を見て、
宰相は小さく息を吐いた。
慎重派は計算を始め、
保守派は黙り込む。
誰も完全には勝っていない。
だが、
誰も完全には負けていない。
王は椅子に背を預ける。
その表情は読めない。
だが一つだけ確かなものがあった。
国家は、
まだ崩れていない。
そして――
動き始めた。
限定された範囲で、
確実に。