悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜風が、
静かに王宮を抜けていく。
高所から見下ろす王都は、
まだ不安定だった。
市場の灯りは減り、
巡回兵の姿は多い。
遠くでは、
深夜にもかかわらず荷車が動いている。
止まりきってはいない。
だが、
正常でもない。
王都全体が、
崩壊寸前で踏みとどまっているように見えた。
レティシアは、
王宮バルコニーの縁に立っていた。
視線は街へ向いている。
その横で、
カイルが壁にもたれて空を見上げた。
しばらく、
誰も喋らない。
風だけが流れる。
やがて、
カイルが小さく笑った。
「随分丸くなったな」
軽い口調。
だが、
試すような声だった。
以前のレティシアなら、
押し切っていた。
正しい構造を作るために、
不要なものは切ったはずだ。
だが今は違う。
全面改革を止め、
敵に退路を残し、
段階的な変化を選んだ。
それは、
“甘くなった”ようにも見える。
だがレティシアは、
視線を外さないまま答えた。
「違う」
短く。
一拍。
そして静かに続ける。
「壊さないだけ」
その言葉には、
迷いがなかった。
優しさではない。
妥協でもない。
必要な判断。
レティシアの視界に、
淡い表示が浮かぶ。
SYSTEM STRATEGY
SHIFTED
FORCED REFORM
→ PHASED RELEASE
強制変更ではなく、
段階的解放。
流れを、
少しずつ戻す。
急激に変えれば、
構造が崩れる。
だから、
維持しながら動かす。
王都の灯りを見つめながら、
レティシアは静かに目を細めた。
この国は、
壊れている。
だが、
まだ終わっていない。
流れが完全に止まっていない限り、
戻せる。
そのためには、
敵を消す必要はない。
必要なのは、
流れの向きを変えること。
夜風が、
再び二人の間を通り抜ける。
王都の光が、
わずかに揺れた。
彼女は理解した。
国を変えるとは、
敵を倒すことではない。
――壊れずに流れを変えることだ。