悪役令嬢は世界のバグを修正する
王宮・内議室。
重厚な扉が閉ざされた瞬間、
外の喧騒は完全に切り離された。
静かだった。
あまりにも静かすぎて、
紙をめくる音さえ鋭く聞こえる。
以前の会議には、
熱があった。
怒声。
反論。
焦り。
敵意。
だが今は違う。
誰も声を荒げない。
誰も理想を語らない。
全員が理解している。
もう段階は終わった。
今ここで決まるのは、
“何を実現するか”ではない。
「どこで落とすか」
つまり――
国家が壊れない範囲を、
どこに設定するか。
会議卓の中央には、
修正を重ねた改革案が置かれている。
最初の原案とは、
もう別物だった。
以前。
目指していたのは、
全面構造改革。
流通。
税制。
備蓄。
市場。
地方権限。
止まっている流れを、
一気に繋ぎ直す計画。
だが今、
そこにあるのは違う。
限定運用型。
段階改革。
部分解放。
試験導入。
壊れた構造を、
急激に切り替えない。
維持しながら、
少しずつ動かす。
それは妥協にも見える。
だが実際には、
より高度な設計だった。
レティシアは、
静かに資料を見ている。
以前の彼女なら、
もっと短く結論を出していただろう。
“最適解”を示し、
不要な抵抗を切り捨てていたはずだ。
だが今は違う。
彼女は、
抵抗そのものを計算に入れている。
人。
利益。
恐怖。
権力。
世論。
それら全部が、
構造の一部だと理解している。
正しさだけでは、
国は動かない。
動かせば壊れることもある。
だから、
“通る形”へ変えた。
王は沈黙したまま、
修正案に目を通している。
宰相は疲れた顔で腕を組み、
軍務官は地図を見つめていた。
保守派の貴族も、
もう以前ほど露骨な敵意は見せない。
否定しきれないからだ。
軍補給は限界に近い。
市場も持たない。
地方不安も続いている。
完全拒否は、
現実的ではなくなっていた。
だが同時に、
全面改革も危険。
だから全員が、
同じ場所を探している。
“崩れない最低線”。
会議室の空気は、
まるで綱渡りの上に置かれているようだった。
誰も、
完全勝利を望んでいない。
今求められているのは、
勝利ではない。
持続だ。
レティシアは、
資料の端に書かれた修正項目を静かに見つめる。
そこには、
彼女自身が削った案も含まれていた。
効率だけなら、
もっと強く押せた。
もっと速く変えられた。
だが、
それでは壊れる。
その理解が、
今の彼女を変えていた。
王が、
ゆっくりと顔を上げる。
視線が会議室を巡る。
誰も口を開かない。
もう、
議論の段階ではない。
決断の段階だ。
そしてその直前にある、
異様な静けさだけが、
部屋を満たしていた。