悪役令嬢は世界のバグを修正する
静まり返った会議室で、
レティシアが一歩前へ出る。
机の中央には、
最終調整された改革案。
修正跡が重なり、
何度も書き換えられたことが分かる。
それは、
理想を削った痕跡だった。
だが同時に、
現実へ届く形へ変えた証でもある。
レティシアは、
感情を乗せずに口を開いた。
「最終提案を提示します」
誰も口を挟まない。
全員が、
“何を残し、何を諦めたか”を見ようとしている。
レティシアは最初の資料を開く。
「第一項」
「公共倉庫を設置します」
空気がわずかに動く。
保守派の視線が鋭くなる。
レティシアは続けた。
「管理は王家」
「用途は緊急時放出限定」
「飢餓・災害・軍補給停止時のみ使用します」
一拍。
「民間流通を全面排除するものではありません」
その補足が重要だった。
もし王家が常時備蓄を握れば、
それは中央支配と受け取られる。
だから限定する。
“例外対応”として設計する。
宰相が小さく頷いた。
目的は明確だ。
備蓄独占への対策。
“止めることで利益を得る構造”を崩す。
レティシアは次へ進む。
「第二項」
「一部税制を改定します」
文官たちが資料をめくる。
「流通阻害税を軽減」
「中継税を整理統合」
「小規模商人への負担を減少」
商会側出身の官僚が、
わずかに目を見開いた。
現在の流通は、
途中で何度も税を取られる。
それが、
流れを鈍らせていた。
大商会は耐えられる。
だが小規模商人は潰れる。
結果、
流通が偏る。
レティシアは静かに言う。
「目的は、流通速度の回復です」
利益ではない。
“止まらないこと”を優先している。
軍務官が、
腕を組んだまま低く呟く。
「……補給線にも効くな」
レティシアは三枚目を開いた。
「第三項」
「魔導資源の規格市場化を行います」
ここで、
空気が明確に張る。
貴族たちの目が変わった。
魔導資源。
それは利益の中心だった。
レティシアは淡々と続ける。
「品質基準を統一」
「一部公開取引を実施」
「相場を可視化します」
つまり、
裏で操作されていた価格を、
市場に引きずり出す。
完全自由化ではない。
だが、
独占価格は維持できなくなる。
保守派の一人が、
わずかに顔をしかめた。
しかし以前ほど強く反発できない。
限定導入だからだ。
最後に、
レティシアは四枚目を置く。
「第四項」
「緊急輸送路の王家直轄化」
会議室の空気が、
再び重くなる。
王家による輸送管理。
それは最も敏感な部分だった。
レティシアは、
そこで意図的に言葉を区切る。
「軍補給優先」
「災害・飢餓時対応」
「一定期間のみ発動」
そして最後に、
はっきりと言った。
「常時支配ではありません」
その一言で、
慎重派の表情が変わる。
重要なのはそこだった。
恒久的権限ではない。
“緊急対応権限”。
つまり、
国家維持機能として限定されている。
完全中央集権ではない。
だが、
国家停止を防ぐための最低限の介入。
レティシアは説明を終え、
静かに視線を下ろした。
会議室は沈黙している。
誰もすぐに否定できない。
以前の改革案は、
“理想”だった。
だが今ここにあるものは違う。
現実の摩擦を前提に、
壊れない範囲で設計された改革。
つまりこれは、
“動かせる形になった理想”だった。