悪役令嬢は世界のバグを修正する
沈黙は、
均衡そのものだった。
保守派は押し切れない。
改革派も強引には進められない。
会議室の空気は、
まるで薄い氷の上に乗っているようだった。
その中で、
宰相がゆっくりと口を開く。
慎重派。
王家内部で最も現実的な立場。
彼らは改革を嫌っているわけではない。
だが、
“正しいから実行する”という発想もしない。
国家が耐えられるか。
維持できるか。
制御できるか。
それだけを見ている。
宰相は資料へ視線を落としたまま、
静かに言った。
「利点は理解できます」
その言葉で、
会議室の空気がわずかに変わる。
否定ではない。
検討段階へ入った。
「軍補給の安定」
「市場混乱の軽減」
「流通速度の回復」
一つずつ、
確認するように並べていく。
軍務官が低く頷いた。
補給線の問題は、
もう誤魔化せない。
戦争以前に、
国家維持に直結している。
宰相は続ける。
「さらに限定導入であれば」
「制御可能範囲に収まる可能性が高い」
“可能性”。
断定しない。
それが慎重派だった。
だが、
ここで重要なのは内容ではない。
慎重派が、
“実行可能性”を認め始めたこと。
つまり、
均衡が動き始めている。
しかし、
宰相はすぐに次の頁を開く。
「もちろん危険もあります」
空気が再び引き締まる。
「貴族反発は継続するでしょう」
「今回の導入は前例になります」
「そして王家への依存も増える」
その指摘は鋭かった。
一度王家が流通を支え始めれば、
次も求められる。
緊急対応が、
常態化する危険。
地方が、
中央判断待ちになる危険。
つまり、
“国家機能の集中”。
慎重派は、
そこを恐れている。
だからこそ、
全面改革を拒否してきた。
だが今、
彼らの視線は以前ほど硬くない。
理由は単純だった。
現状維持のコストが、
急激に上がっている。
何もしなければ、
軍補給はさらに悪化する。
市場も不安定化する。
地方も揺れる。
つまり、
“動かない危険”が、
“動く危険”に並び始めた。
宰相はゆっくりと顔を上げる。
視線の先には王。
そして、
レティシア。
「……管理可能範囲なら許容できます」
その瞬間。
会議室の均衡が、
確かに動いた。
保守派の一人が眉を寄せる。
改革派は息を呑む。
軍務官は腕を組み直した。
慎重派は、
国家の重心だった。
その彼らが、
“限定条件付き容認”へ傾いた。
つまり、
改革案は初めて、
“理論”ではなく
“実行段階”へ近づいた。
王はまだ何も言わない。
だが、
誰もが理解していた。
今、
流れが変わったのだと。