悪役令嬢は世界のバグを修正する
資料室を出たあとも、
レティシアの頭の中では、
数字が消えなかった。
停滞周期。
規制強化。
承認制度。
同じ形で、
何十年も繰り返されている。
偶然ではない。
そう認識した瞬間、
別の記憶が静かに浮かび上がる。
――第六層神殿資料区画。
冷たい石壁。
封印された書庫。
閲覧禁止印。
あの時見た記録。
“危険指定魔導式”。
“未承認技術”。
“制限対象知識”。
当時は、
宗教権力による情報統制だと思っていた。
異端を恐れ、
権威を守るための封印。
そう理解していた。
だが今、
意味が変わる。
レティシアは廊下の窓際で立ち止まる。
王都の景色が、
夕暮れの光に染まっていた。
その向こうで、
荷車が動いている。
市場が開いている。
わずかな解放だけで、
国は動き始めている。
なら逆に、
どれほど止めていた?
その疑問と同時に、
神殿記録の一文が脳裏に蘇る。
“急速発展は社会不安定化を招く”
“未管理技術の流通は禁止”
“制御不能な拡散を防止する”
あの時は、
ただの管理思想に見えた。
だが違う。
あれは思想ではなく、
運用だった。
現実に。
長期間。
国家規模で。
レティシアの視界に、
断片的な記憶が浮かぶ。
新型魔導炉が封印された記録。
高速輸送術式の使用制限。
地方独自技術への介入。
そして、
発展期の直後に行われる制度規制。
全部繋がる。
神殿は、
信仰だけを管理していたのではない。
知識。
技術。
物流。
発展。
世界の“進む速度”そのものを、
制御していた。
レティシアは静かに目を閉じる。
思い出すのは、
あの神殿管理者の言葉。
「危険だから制限する」
当時は傲慢に聞こえた。
だが今なら分かる。
あれは、
単なる脅しではない。
世界を止める側の論理だ。
急速発展は不安定を招く。
技術拡散は管理不能になる。
流通自由化は権力均衡を崩す。
だから止める。
だから制限する。
だから、
管理下へ置く。
その思想が、
神殿から国家へ流れ、
制度へ染み込み、
貴族支配へ繋がっている。
レティシアはゆっくり目を開く。
王都の灯りが、
窓の向こうで揺れていた。
動き始めた国。
だがその下には、
長い時間をかけて積み上げられた
“停止構造”が存在している。
彼女はようやく理解し始めていた。
敵は、
一部の貴族ではない。
腐敗した制度だけでもない。
もっと深い。
もっと古い。
世界そのものに組み込まれた、
“発展を止める構造”だった。