悪役令嬢は世界のバグを修正する
王家管理倉庫の奥。
仮設資料室として使われている一室には、
古い紙の匂いが満ちていた。
机の上には、
大量の記録書類が積まれている。
地方税収。
輸送台帳。
市場価格推移。
収穫量報告。
数十年分。
いや、
一部は百年近く前の記録まで混ざっていた。
レティシアが部屋へ入ると、
主任は机に向かったまま顔を上げない。
代わりに、
静かに一枚の紙を差し出した。
「比較が終わりました」
低い声。
疲労が滲んでいる。
だが、
その目は妙に冴えていた。
レティシアは資料を受け取る。
並んでいるのは、
年代別経済推移。
発展期。
停滞期。
流通量。
規制強化時期。
最初は、
普通の国家推移に見えた。
豊作と不作。
戦乱。
疫病。
そうした要因で、
景気が上下しているように見える。
だが――
数ページ進んだ瞬間、
違和感が形になる。
同じだ。
レティシアの視線が止まる。
発展。
流通拡大。
市場活性化。
技術革新。
そこまでは伸びる。
だが、
一定水準へ到達した直後、
必ず止まる。
規制。
認可制。
流通監査強化。
保管義務。
発展速度が、
急激に落ちる。
しかも、
一度ではない。
何十年も、
同じ形を繰り返している。
レティシアは静かに資料を置いた。
「……周期的」
主任が頷く。
「はい」
「最初は偶然かと思いました」
さらに別の資料を広げる。
そこには、
神殿承認記録が並んでいた。
魔導技術使用許可。
新型輸送術式認可。
大型流通契約承認。
そして、
経済停滞開始時期と、
ほぼ一致している。
レティシアの目が細くなる。
主任は静かに続けた。
「技術革新期に限って、
必ず制度制限が入っています」
「流通が伸びた時期ほど、
承認制度が増える」
「発展規模が大きいほど、
制限も強くなる」
その声には、
感情が薄い。
だが逆に、
それが事実の重さを際立たせていた。
偶然では説明できない。
腐敗だけでも足りない。
貴族が私腹を肥やした。
官僚が怠慢だった。
神殿が権威を守った。
そんな単純な話ではない。
もっと大きな、
継続的な何かが存在している。
主任は最後の資料を机へ置いた。
古い年代記録。
その端には、
神殿印が押されている。
そしてそこに、
短い一文。
“流通拡大につき、
安定維持措置を実施”
レティシアは、
その文字を静かに見つめる。
安定維持。
その言葉が、
妙に冷たく感じられた。
主任が低く言う。
「偶然にしては――」
一拍。
「綺麗すぎる」
部屋の空気が静まる。
窓の外では、
荷車の音が遠く響いている。
動き始めた流れ。
だが今、
レティシアたちは理解し始めていた。
この国は、
自然に停滞したのではない。
“止められ続けていた”。