悪役令嬢は世界のバグを修正する
王家管理倉庫。
再編された中央保管区画の一室で、
紙をめくる音だけが静かに響いていた。
窓の外では、
搬入作業が続いている。
荷車。
木箱。
確認を行う兵士たち。
以前なら止まっていた流れが、
今は少しずつ動いていた。
その音を背後に聞きながら、
レティシアは机の上の資料を見つめている。
王都市場価格推移。
輸送回復率。
倉庫出庫量。
試験州の流通速度。
並んだ数字を、
彼女は静かに追っていた。
最初は、
予想通りだと思っていた。
流通を少し解放すれば、
市場は多少改善する。
倉庫を開けば、
価格も少し安定する。
その程度の認識だった。
だが――
改善幅が、
おかしい。
レティシアの指先が、
資料の一行で止まる。
「……早すぎる」
小さく呟く。
市場価格。
物流量。
供給安定率。
どれも、
わずかな調整だけで急激に回復している。
全面改革などしていない。
解放した輸送路も限定。
市場介入も小規模。
それなのに、
停滞していた流れが異常な速度で戻り始めている。
つまり逆算すると――
以前の状態が、
不自然すぎる。
レティシアは資料をめくる。
地方流通量比較。
停滞期データ。
倉庫利用率。
数字を並べるほど、
違和感が強くなっていく。
少し流しただけで、
ここまで戻る。
なら、
今までどれだけ止めていた?
視界の奥に、
淡い表示が浮かび上がる。
FLOW SUPPRESSION RATE
ABNORMAL
MARKET RESPONSE
OVERRESTRICTED STATE DETECTED
“過剰制限状態”。
その文字を見た瞬間、
レティシアの思考が止まる。
過剰。
つまり、
必要以上。
自然停滞ではない。
市場の失敗でもない。
ここまで流れが止まるには、
意図が必要だ。
彼女はゆっくり目を細める。
倉庫を独占した貴族。
輸送を詰まらせた制度。
市場不安を煽った世論操作。
それらは確かに原因だった。
だが、
今見えている数字は、
もっと深い何かを示している。
これは単なる搾取ではない。
構造そのものが、
“止める前提”で作られている。
その感覚が、
静かに背筋を冷やした。
窓の外では、
再び荷車が動き出す。
倉庫の扉が開き、
物資が外へ流れていく。
本来なら、
それが普通の光景だ。
だが今のレティシアには、
逆に異常に見えていた。
(……ここまで止まっていたの?)
その疑問は、
市場への違和感ではない。
国家そのものへの疑問へ、
変わり始めていた。