悪役令嬢は世界のバグを修正する
深夜。
宿舎の部屋は静まり返っていた。
魔導灯の淡い光だけが、
机の上を照らしている。
積み上がった資料。
開かれた記録書。
書き込まれた分析式。
その中心で、
レティシアは黙って座っていた。
視線は紙へ向いている。
だが、
見ているのは文字ではない。
繋がり始めた“構造”だった。
最初は、
単純な問題だと思っていた。
貴族による流通独占。
不正な価格操作。
停滞した物流。
腐敗を正せば、
流れは戻ると思っていた。
実際、
一部は戻った。
市場も、
輸送も、
民の生活も、
少しずつ回復している。
だが、
そこから逆に見えてきた。
この停滞は、
一部の悪意だけで成立する規模じゃない。
レティシアは静かに目を閉じる。
神殿。
禁止知識。
承認制度。
技術制限。
“危険だから制御する”。
その思想。
次に浮かぶのは、
貴族たちの流通支配。
倉庫独占。
出庫制限。
契約拘束。
“市場を安定させるため”。
言葉は違う。
だが、
本質は同じだった。
制御。
管理。
停止。
そして国家制度。
複雑化した許認可。
中継税。
承認待ち。
官僚機構。
流れを遅らせる構造が、
あまりにも自然に存在している。
レティシアの視界に、
断片的なイメージが浮かぶ。
神殿
↓
管理思想
↓
貴族支配
↓
流通独占
↓
国家停滞
一本の線。
別々に見えていた問題が、
すべて同じ方向へ繋がっている。
レティシアは、
ゆっくり息を吐いた。
この国は、
貴族が悪だから壊れたわけじゃない。
王が無能だから停滞したわけでもない。
神殿だけが原因でもない。
もっと深い。
もっと広い。
国家全体が、
“止める構造”の上で成立している。
発展しすぎないように。
広がりすぎないように。
変化しすぎないように。
長い時間をかけて、
世界そのものが、
そう設計されている。
だから誰も疑わなかった。
止まっていることを、
“普通”だと思っていた。
レティシアは、
机上の記録へ視線を落とす。
改革によって、
ほんの少し流れを戻しただけで、
国は急速に反応した。
それはつまり、
本来もっと動けたということだ。
だが、
動かされなかった。
意図的に。
長期間。
静かな寒気が、
背筋を通り抜ける。
これは、
単なる政治問題ではない。
国家そのものが、
“制限構造の一部”。
その理解が、
ようやく形になり始めていた。