悪役令嬢は世界のバグを修正する
吹雪の中を、
一騎の馬が駆けていた。
白。
灰。
視界を埋め尽くす雪の中を、
黒い影だけが突き進む。
馬の鼻息は荒い。
蹄が凍った地面を叩くたび、
氷雪が跳ね上がる。
騎乗している伝令騎士は、
外套の上からでも分かるほど疲弊していた。
肩には雪。
頬には凍傷寸前の赤。
それでも止まらない。
止まれない。
背中に括り付けられた封印筒。
そこに入っているのは、
ただの報告ではない。
“開戦の兆候”。
その意味を、
彼自身が理解していた。
昼を越え、
夜を越え、
再び朝を跨ぐ。
途中の中継所では、
馬だけを交換した。
休息はない。
睡眠もない。
王都へ。
一刻でも早く。
その焦燥だけで走り続けていた。
そして――
王都。
巨大な外壁が、
雪の向こうに現れる。
門兵が騎士の姿を見て、
即座に道を開けた。
「北方伝令!」
声が飛ぶ。
門内の空気が変わる。
伝令騎士はそのまま王宮へ突入した。
石畳を激しく打つ蹄音。
行き交う人々が驚いて振り返る。
市場の商人。
荷運び人。
巡回兵。
皆、
ただならぬ空気を感じ取る。
王宮前広場。
騎士は限界寸前の馬から飛び降りた。
泥と雪にまみれている。
息は白く荒い。
だが、
止まることなく階段を駆け上がる。
衛兵たちが道を開けた。
その顔に、
すでに緊張が浮かんでいる。
大扉が開く。
王宮内。
朝の報告準備をしていた官僚たちが振り返る。
騎士は息を切らしながら叫んだ。
「北方国境にて武力衝突!」
空気が止まる。
紙をめくる音が消えた。
会話が途切れる。
誰もすぐには動かなかった。
その一言の意味を、
全員が理解してしまったからだ。
武力衝突。
死者発生。
北方国境。
その単語だけで十分だった。
静寂の中、
遠くで鐘が鳴り始める。
軍議招集。
緊急伝達。
王宮が動き始める音。
官僚たちが慌ただしく走り出す。
兵士が呼ばれる。
伝令が飛ぶ。
空気が変わる。
それは王宮だけではない。
報告は、
瞬く間に王都全体へ広がっていく。
市場。
商会。
貴族街。
軍施設。
人々が顔を上げる。
囁きが広がる。
「北と衝突したらしい」
「とうとう始まるのか?」
「戦争になる――?」
まだ開戦はしていない。
正式布告もない。
だがこの瞬間、
王都の空気そのものが変わった。
人々はもう、
“平時の世界”では話していなかった。