悪役令嬢は世界のバグを修正する
王宮軍議室。
重厚な扉の向こうには、
張り詰めた熱気が満ちていた。
長机を囲むのは、
軍上層部。
騎士団長。
補給局責任者。
国境防衛司令。
王家側近。
全員が、
すでに報告書へ目を通している。
部屋の中央には、
北方国境地図。
赤い印が、
衝突地点を示していた。
窓の外はまだ朝だ。
だがこの部屋だけ、
空気が異様に重い。
沈黙は長く続かなかった。
最初に口を開いたのは、
北方防衛派の老将だった。
「北は動いた」
即断。
確認ではない。
断定だった。
別の将官が続く。
「小競り合いでは済まん」
「今度こそ侵攻準備だ」
さらに声が重なる。
「国境増援を急げ」
「先制準備を進めるべきだ」
「補給線確保を優先する」
言葉が次々飛び交う。
速い。
あまりにも速い。
レティシアは会議室後方で、
静かにその光景を見ていた。
まだ、
正式情報は揃っていない。
衝突規模も不明。
越境理由も不明。
偶発接触の可能性だってある。
なのに、
誰もそこを確認しない。
まるで、
最初から答えが決まっているように。
軍務局の一人が地図を叩く。
「北方側の兵移動は以前から増えていた」
「今回の衝突はその延長だ」
「待てばさらに悪化する」
別の騎士が低く唸る。
「ならば先に動くべきだ」
「向こうが整う前にな」
空気が、
完全に“戦争準備”へ傾いていく。
誰も、
“本当に戦争になるのか”
を議論していない。
もう、
前提で動いている。
その異様さに、
レティシアは静かに眉を寄せた。
(……決断が早すぎる)
視線が会議室を巡る。
軍強硬派。
貴族寄り軍務官。
補給担当。
その全員が、
驚いていない。
むしろ、
待機していたように見える。
戦争可能性を。
あるいは――
戦争そのものを。
机の上には、
すでに動員試算書が並び始めていた。
必要兵数。
輸送計画。
軍糧備蓄。
魔導資源消費予測。
早い。
衝突報告から、
まだ数時間しか経っていない。
それなのに、
準備が整いすぎている。
レティシアの視界奥に、
淡い表示が浮かぶ。
DECISION RESPONSE
ABNORMALLY FAST
MILITARY SHIFT
PREPARED STATE DETECTED
CONFLICT ESCALATION
ALREADY IN MOTION
その瞬間、
彼女は初めて感じる。
これは、
突発危機ではない。
“いつ始まっても動ける構造”が、
最初から存在していた。