攻略組が帰った後から始まるVRMMO 〜イベントに遅れた俺だけが、誰にも拾われなかったユニークを見つける〜
「これ、通せる?」
青蘭から《大鎧蜥の外殻》を受け取ったシグエルは何も言わなかった。
ただ、手のひらほどある灰色の外殻を裏返し、湾曲した縁や内側まで順番に確かめている。
それから腰の《灰冠竜の穿牙剣》へ手を伸ばした。
「試す?」
青蘭が聞くとシグエルが頷いた。
「これ、傷つけても大丈夫ですか?」
青蘭が外殻の持ち主のリックへ尋ねる。
「全然いいよ。攻略のヒントになるなら、好きに試してくれていい」
「ありがとうございます」
シグエルが鞘から《灰冠竜の穿牙剣》を抜いた瞬間、刃の周囲に光が弾けるように走った。
細い灰色の光は刀身へ絡みつきながら幾重にも巡り、ときおり火花みたいに鋭く弾ける。流れているというより、暴れているような光だった。
武器が動くと淡い残光が尾を引き、そこだけ空気が張り詰めたようにすら見えた。
「おお……すげえ。あれが……」
近くで見ていた誰かが声を漏らした。
俺もアスレガの過去配信やSNSの切り抜きなどで何度か見たことがあるエフェクトだ。
画面越しでも十分目立っていたが、こうしてすぐ近くで見ると迫力がまるで違う。
シグエルは周囲の反応を気にする様子もなく、外殻の端へ切っ先を当てた。
まずは表面を確かめるように、軽く刃を滑らせる。
ギギィーと、歪な音が響く。
残ったのは細い傷だけだった。
「……硬いな」
青蘭が近くに寄って外殻を見ている。
シグエルは何も言わず、今度は刃先を立てた。
先ほどより力を込める。
甲高い金属音が鳴り、表面に浅い点傷が残った。
「物理耐性でもついてんのか?」
近くにいた《Astra Regalia》のメンバーが呟く。
シグエルは傷を確かめると、青蘭へ視線を向けた。
「属性も試してみよう。まず『光』で」
青蘭の持つ杖から淡い支援の輝きが飛び、《灰冠竜の穿牙剣》を包んだ。
「……属性付与ってものがあるんですね」
「魔法や一部のスキルには元々属性が付いてるけど、武器に付与するのは……私も高レベルのバッファーが覚えるってことくらいしか知らないんだよね。うちの高レベル帯のバッファーが先日そんな話をしてたよ」
隣にいたロヴェルが答える。
青蘭が《灰冠竜の穿牙剣》へ視線を向ける。
淡い水色の長髪の隙間から、エルフ特有の長く尖った耳が覗いていた。
「属性バフは二次職によって結構違うんですよ。僕の場合は今のところ『光』と『風』の属性を少し付与できますね」
「ほう、なるほどね……」
シグエルは最初につけた傷から少し離れた場所へ切っ先を当てる。
外殻の厚みが近いところを選び、先ほどと同じくらいの力を加えた。
再び甲高い音。
シグエルは刃を離す。
やはり先ほどと同じような傷が残っていた。
最初と比べてわずかに深く見えるが、そこまで大きな違いはないように見える。
青蘭がそれを確認して続けた。
「じゃあ、次は『風』だね」
今度は細い風をまとった支援光が飛び、シグエルの武器を緑の光が覆う。
シグエルは外殻の別の場所を選び、同じような力で刃を当てた。
また鋭い音が響く。
その直後、シグエルの手が止まった。
光属性を付けたときとは違う。
剣先が外殻へ食い込んでいた。
青蘭もすぐに三つの傷を見比べる。
「『風』の方が少し通ってるね」
シグエルが頷く。
それを見ていた《Astra Regalia》の別のバッファーたちも前へ出た。
開始時刻が迫っているためか、その場で付与できる属性を次々と変えながら、手早く外殻へ刃を当てていく。
どれも傷は残ったが、風属性を付けたときほど深くはなかった。
「OK。今のところ『風』か。同じようならこれでいこう」
青蘭が表示時刻を確認する。
もう21時までほとんど時間がない。
シグエルは外殻に残った傷を見たまま、しばらく動かなかった。
それから《灰冠竜の穿牙剣》の切っ先を少し持ち上げる。
「……これ、スキル入れてみてもいい?」
それまでほとんど頷くだけだったシグエルが自分から口を開いた。
青蘭が少し笑う。
「気になる?」
「……うん」
「でも、今使うのはもったいないね。もう始まるし」
シグエルも時刻を見る。
「試すなら本番で。そのときは僕も最大まで重ねるよ」
「……わかった」
シグエルはそう返すと、《灰冠竜の穿牙剣》を鞘へ収める。
刃が隠れると同時に、まとっていた光も消えた。
青蘭は外殻をリックへ礼を言って返してから、机に残る四つの外殻にも目を向けた。
「これを見つけてくれた探索組の皆さん、ありがとうございました。かなり参考になりました」
青蘭がそう言うのとほとんど同時に《Astra Regalia》のメンバーたちが動き始めた。
机に残っていた四つの外殻も、それぞれの持ち主が急いでインベントリへ戻していく。
この外殻がドルガーレンのものだと決まったわけではない。それに、本体についている装甲がこれと同じ硬さなのかも分からない。
でも、もし近いものだとすれば、さっきの検証はそのまま攻略に使える。
「ずいぶん話が大きくなりましたね」
「五つ集まるまでは何かも分からなかったのにね」
《Astra Regalia》はすでに三つのパーティに分かれていたが、今は明らかに並びが変わっていた。
エルフやビーストフォークが次々とパーティを移り、空いた場所へ別のメンバーが入っていく。
装備を持ち替える者もいれば、スキル画面を開いたまま短く確認を交わしている者もいる。
「さっきのを見て、組み直してるんですかね」
「たぶんね」
ロヴェルも《Astra Regalia》の方を見ている。
「使えるものが分かったら、その中で一番火力を出せる形に瞬時に寄せていく。ああいう連携の早さはすごいよ」
少し離れた《Fangline》の攻略側へ視線を向ける。
「ビーストフォークも高レベルになると風属性に関わるスキルが増えてくるからね。今回はうちも主力になれるかもしれないな」
「そういえばロヴェルさんって、アスレガのこと結構詳しいんですか?」
「詳しいってほどじゃないよ。こういう大きなイベントでは今日みたいに連合を組むことがあるからね」
「連合を?」
「ああ。アスレガは少数精鋭って感じでクラメンの人数は普通の大手クランよりも少なめだからね。今回のような大型ボスだと、積極的に連合を組んで討伐戦に臨むことも多いんだよ。こっちとしても助かるよね」
「なるほど……」
俺たちのパーティはついさっきまで周りのプレイヤーまで巻き込んで、拾った物を並べて騒いでいた。
同じLv60帯へ向かうのにずいぶん違う。
でも、どちらも同じゲームを遊んでいる。
「ザン君。最初はしっかり距離を取っておこう。相手の攻撃範囲もまだ分からないからね」
「分かりました」
俺もパーティ表示を確認する。
俺がまともに攻撃しても、ほとんどダメージにはならない。
無理に前へ出ず、相手をしっかり見る。
周囲ではまだ最後の装備確認やパーティの入れ替えが続いている。
その途中で、表示時刻が21時へ変わった。
―――――
【Lv60帯共同討伐】
討伐フィールドへの振り分けを開始します。
―――――
視界を真っ白な光が覆った後、目の前いっぱいに赤砂の谷が広がっていた。
周囲ではまだ転送が続いている。
光があちこちで弾け、その中から《Astra Regalia》や《Fangline》、見覚えのないクランやパーティのプレイヤーたちが次々と姿を現していった。
「ロヴェルさん、あれ……」
「ああ。何だあれは」
同じ方向へ伸びる大きな移動の痕跡が三筋。
近づいてみると、どれにも四肢で歩いた跡と、太い尾を引きずったような筋が残っていた。
足跡の大きさも歩幅もかなり近いが、同じではなかった。
一筋目は四肢と尾の跡だけ。
二筋目にはそれに加えて右側の足跡よりさらに外側を何かが擦ったような長い跡が続いている。
「こっち、何か引きずってる感じでしょうか」
「そう見えるね」
三筋目へ移る。
今度は右だけではない。
左右の足跡の外側に、同じような擦れ跡が残っていた。
さらに太い尾の跡を見ると、その両脇にも細い筋が途切れながら続いている。
「……三本とも、跡の残り方が違いますね」
「そうだね。でも足の大きさと歩幅はかなり近い」
ロヴェルがしゃがみ、三筋を順番に見ていく。
俺も足跡を見比べる。
違うところばかり気になっていたが、一つだけ似ている場所もあった。
三筋とも左後脚の跡だけ内側の縁が深く崩れている。
「左後脚の跡だけ……似てませんか?」
「ああ。本当だね」
同じくらいの足跡なのに、外側へ残る擦れ跡はそれぞれ違う。
それが何を意味するのかまでは分からない。
確認している途中で、視界に新しい表示が現れた。
―――――
【Lv60帯共同討伐】
対象:《鎧蜥ドルガーレン》
共同討伐を開始します。
―――――
表示が消えた直後、谷の奥で赤砂が弾けた。
「来るぞぉおお!」
地中から巨大な影が飛び出した。
現れたのは岩の塊みたいな巨大な蜥蜴だった。
頭から背中、太い四肢までを見覚えのある灰色の装甲が覆っている。
その色や丸く湾曲した表面は、先ほど中央広場で見た《大鎧蜥の外殻》とかなり似ている。
隣にいた銀ゴツネが巨体をゆっくり見上げた。
狐耳がぴくりと動く。
「……でけえ」