常世神話譚 ー夜姫と最高神の千年恋譚ー
暗い。
陽はまだ遠い。
星々の息が止まり、
が沈黙する刻。
黒曜の瞳が、静かにひらいた。
眠りは不要だった。
この身は、
主を護るためだけに零れ落ちた祈り。
生まれて一度も、
嘆いたことはない。
――昨夜までは。
先見の幻。
それはいつも、
破滅の前触れ。
久遠には、
“先見”という加護がある。
武神たちさえ畏れる、
未来を垣間見る異能。
一手先の動き。
命の切れる音。
常世の崩落。
望まずとも、視えてしまう。
(未来など、覗きたくはない)
それでも――
知ってしまった以上、
関わらずにはいられない。
呼吸が乱れた。
先見が、
二つの未来を映し出した。
ひとつは――
主が、少年のように笑う未来。
そして、もうひとつは――
主が壊れ、
常世が死ぬ未来。
(……愚かな)
湿った夜気へ息を吐き、呟く。
「夢か」
太陽と夜は、
交わってはならない。
それがどれほど、
幸福を奪おうとも。
久遠は高台へ出ると、
背のをすらりと抜く。
刀身は、陽を飲む闇。
刃先は、静かに死を告げる銀。
「夜の神よ……」
名を思い浮かべた瞬間、
手が微かに震えた。
昨夜の光景が、胸裏を抉る。
天照が見せた、無防備な笑顔。
必死に伸ばされた、夜姫の小さな手。
光が一点に集まる時、
闇もまた、そこへ向かう。
避け得ぬ摂理。
刃が淡く脈打った。
夜明けが近い。
「あの神はいけない」
その声に、迷いはなかった。
主を侵すものは、
神であろうと斬る。
主が望まぬ未来なら、
喜んで地獄の番犬になろう。
久遠は静かに目を閉じる。
「主……
貴方は、
あまりに愚かだ」
それは怒りではない。
嫉妬でもない。
ただ――
愛しすぎた世界を失うことへの絶望。
夜が割れ、
光が差し込む。
新しい一日が始まる。
だが――
この瞬間から、常世は
ゆっくりと死に始めた。