異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
ジーナちゃんはメモをとって、手を洗う。こちらの鉛筆は芯だけだから、どうしても手が汚れてしまうのだ。周りに木をつければいいのにと思うが、どう云う仕組みなのか解らないのでどうしようもない。
お客さんは、いつもより少なめ。借金とりのことがまだ響いているみたい。ああいうの、ほんとにやめてほしい。
ジーナちゃんは厨房を出ることなく、お手伝いだけしてくれた。ローストビーフを切るのが巧い。凄くうすく切ってくれる。ソースは、今日は張り込んではちみつ・お醤油。お塩で味をつける。ジーナちゃんはそのみっつの割合を、何回も繰り返して覚えていた。
警邏隊のお弁当を仕上げ、水屋にいれた。お風呂にはいりたい。
ローストビーフは沢山焼いているし、パンもまだまだある。フルーツの盛り合わせ(カットフルーツをレモン汁で色どめし、軽くお砂糖をまぶしたもの)は、簡単につくれる。
なので、サッディレくんとアーレンセさんに頼み、お湯をわかしてもらった。お風呂だお風呂だ。
「あ」
はっと気付いた。「ジーナちゃん、お風呂どうする? 大きいお風呂場だと、ほかのお客さんと一緒にはいることになるよ。俺がつかってるお風呂場ならひとりではいれる」
「そうね……ひとりのほうがいいわ」
俺は頷いて、先にはいりなよ、と促した。ジーナちゃんはちょっとだけ嬉しそうにした。
ジーナちゃんはからすの行水で、すぐに出てきた。いれかわりで俺がはいる。俺はゆっくりつかっていたかったのだが、賭場があるのでのんびりしていられない。せっけんをたっぷりつかって体中くまなく洗うと、ざばざばとお湯をかぶって流し、すぐに出た。
オーダーをしめきった後、セロベルさんと帳簿をつけた。ジーナちゃんは部屋へ下がらせている。子どもが遅くまで起きているのは成長に悪影響だからな。身長が伸びなくなってしまう。
おそらく十時くらいに、賭場へ向けて出発した。
今夜も小雨が降っている。寒いので毛皮のローブを体にきっちり巻きつけ、フードを目深にかぶって、せかせか歩いた。今日は、レント中央南寄りの、ラスターラ邸。地図で確認したから場所は解っている。
行ってみて、雰囲気の違いになんとなく感心する。
これまでは、旧なんたら邸、とか、廟とか、誰かが住んでいる訳ではないところでの開催だった。でも、ラスターラ邸は、普通にひとが住んでいる、生きた建物だ。生活の痕跡が散見される。ロビーの階段に敷いてあるじゅうたんが真新しい泥で汚れていたり、通された広間に夕食のものらしい香り(多分お魚料理)がかすかに残っていたり。
ついでに、邸の主人・ラスターラ卿が、お大尽らしいひとを捕まえては挨拶していた。赤みの強い金髪で、左右を編み込んで青緑の羽根飾りをつけている。四十代、かな。
ラスターラ卿は娼妓たちを見付けるととんでいって、へいこらしている。俺のところにも来て、今日もひと仕事お願いしますよ、と深々と頭を下げ、また別の娼妓たちのところへとんでいってしまった。