異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
万能で不倒って、チートもチートだぞ。そりゃセロベルさんがやたら関心するわ。
リッターくんは冷静だった。鼻水垂れてるけど。「ひとりだと厳しい時もある」
「あっそ。じゃあうちに泊まるのね」
「……年頃の娘が居る家に泊まってはいけないと、父上に云われた」
「わたしはあんたの主よ。そういう感情が発生する訳ないでしょう。誰だって解ることよ」
俺はリッターくんの洟を、手巾で拭う。「リッターくん、風邪ひいてるんだから、ひとりで居たらだめだよ。急変して倒れたりするんだから」
「……解った」
「どうして主のわたしに反発して、そいつの云うことはすぐきくのよ!」
ユラちゃんがばっと立ち上がった。リッターくんは答えず、俺を仰ぐ。
「スープ、ありがとう。旨かった」
「無視してんじゃないわよー!」
ユラちゃんが喚いたが、リッターくんは恬然として悪びれない。
もう遅い時間だし、賭場は諦めることにする。
帰るね、と云うと、ふたりが同じことを云った。「送る」「送るわ」
「あはは。大丈夫だよ。ユラちゃんはリッターくんと一緒に、お邸に戻って」
「でも」
「道が解らなかったら、警邏隊に訊くから。だいじょぶ」
はい、と、リッターくんに清潔な手巾を数枚持たせた。ユラちゃんは憤然としている。「ロヴィオダーリ邸の傍で、死体が見つかったりしたら、恥なのよ」
「心配しなくていいよ。大体の位置を教えてくれる?」
ユラちゃんは口を尖らせたまま、そうしてくれた。ロヴィオダーリ邸は、中央から少し西、南寄りにあるよう。「うちは西門のすぐ傍よ。どうしてもっていうんなら今夜はうちに」
「そっか。ありがと。あ、これ、持ってって」
着服していたクッキーだ。包みをふたつづつ渡す。いい香りがしたからか、ユラちゃんの表情がちょっと和らぐ。「リッターくんのこと、休ませてあげてね」
「……わたしがこいつをこきつかってるって云いたいの?」
「そうじゃなくて。部下の不祥事はユラちゃんの評価を下げるんでしょ?なら、部下が風邪をこじらせても同じことだよね。かんとくふゆきとどき」
ユラちゃんは軽く俺を睨んだ。
「口が減らないわね」
それはどうも。
毛皮のローブはリッターくんにかした。収納空間に予備がある。寒くなってきたからか、値が張るけれど、市場で売っているのだ。
予備のローブで風を防ぎながら、中央目指して歩いた。四月の雨亭は、そんなに遠くはない筈だ。
酔っ払いに絡まれてあしらうこと二回、四月の雨亭に辿りつく。厨房にはまだ灯が点っていた。セロベルさんが起きているらしい。
中庭側からはいると、セロベルさん、ツァリアスさん、サッディレくんの三人で、お喋りしながら夜食中だった。「おう、お帰り」
「マオー、寒かったっしょ。スープあるっす」
「サッディレさんお料理上手なんですよ」
楽しそうで、和んだ。
それと同時に、いつこの日常が崩れるともしれないのだ、と思うと、こわくて身が竦む。セロベルさんにはまだ、とんでもない額の借金があるから。