異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
「ろくなもんがないじゃないのよ」
ユラはいらだたしげに云って、伏せてある水瓶を蹴っ飛ばした。その後、痛そうにぴょこぴょこする。
低い椅子に座ったリッターはそれをちらっと見て、手許へ目を戻す。
しゃりしゃり、と音をさせて、リッターは剣の刃を研いでいた。刃物を研ぐ為の道具はすべて揃っている。リッターの父も母も、いつ戦が起こってもかまわないように、備えを怠らない。リッター自身はそれをなんとも思っていなかったが、今はありがたいと感じる。
ユラは涙目になっていたが、厨房の検分を続けた。「マオの食べられそうなもの……こんなベーコンの塊持って行けないし、お菓子もないし……げっ!リッター、この馬の糞みたいなものはなあに?!」
「馬の糞だ」
「はあ?」
「燃料にする」
ユラは黙る。リッターは剣を両手で持ち、きっさきを天へ向けてまっすぐにした。くる、くる、と、回転させる。もう少しだ。
「ちょっと」
ユラはどすどすと歩んでくる。「さっきからなにしてんのよ」
「剣を研いでいる。いつも持っているものが一番品がいいから、持っていきたい」
「……殺すつもり?」
「それはできるだけ避ける」
断言はしない。リッターは、相手の力量を測る、ということができない。下手なのではなくできないのだ。だから、加減をし損なって、危うく殺しそうになる。それがいやだから、精神錯乱の周章や、見た目と音が派手で相手が怯んでくれる百雷・万雷、あしどめにつかえる泥塗などを練習してきた。
リッターはひとを殺したくないし、本当は傷付けたくもない。護衛士に憬れ、目指しているのだ。護衛士は、ひとをまもる為の職業であって、傷付ける職業ではない。
ミューの恢復魔法は凄かった。短剣が刺さった時、ファバーシウスの嫡男を殺してしまったかと思ったが、ミューは何事もなかったみたいに治療した。
リッターは、癒し手も尊敬している。リッターが誤って殺しそうになった兄や友達を助けてくれたし、リッターの怪我だって簡単に治してくれるから。
そのなかでもミューは出色だ。まだ癒し手ではないというのが信じられない。あれだけの癒し手は居ない。
リッターは剣を研ぐ。マオを助けたいし、ミューが行くのならミューをまもる。素晴らしい癒し手を失うわけにはいかない。
ユラは食糧をさがすことを諦めたのか、壁に寄りかかった。厭わしそうに、ゆるんだ髪紐を解く。「あんた、わたしに付き合わなくってもいいのよ」
「お前に付き合う訳ではない。マオを助けたいし、ミューをまもらなくては」
「そ。あんたらしい」
ユラはぶるぶると頭を振って、髪を手櫛で梳いた。
「このことが試験へ響くかもしれないわよ」
「……お前もだろう」
「わたしは優秀だもの。それに来年もあるわ」
「俺にも来年がある」
手を停める。水で刀身を軽く洗った。巧く研げた、と判断する。
ユラはちょっと笑った。「あっそ。じゃ、お互い死なないようにしましょ」