未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――
白環塔の上空へ開いた4つの砲口は、同じ大きさではなかった。前衛へ向く2つは直径約3メートル。封鎖班と避難路へ向く残り2つは1.5メートルほどだが、その分だけ光が濃く、狙いが細い。
ニアの解析表示に、着弾までの時間が並ぶ。
【前衛左:4.8秒】
【前衛右:5.1秒】
【封鎖班:4.3秒】
【避難路:5.6秒】
4つを同時に止める防御方法はない。誰が何を受けるかを決めるまでの時間も、実に5秒にも満たなかった。
「アルド、封鎖班を――」
レイルが言い終える前に、アルド・クロイツは石段を蹴った。白銀の盾を左腕へ固定し、封鎖班の前へ立つ。砲口とノア、フィア、セレネを結ぶ直線上へ、盾の下端を石床へ打ち込んだ。
「俺が守る! 3人は止め方を考えろ!」
「3人ではありません!」
ノアが即座に怒鳴り返した。
「守護対象へ自分を含めなさい! 貴方だけを消耗品みたいにしたら、次弾で全員が死にます。前衛だからって数に入れない、なんて理屈は戦術じゃありません!」
「俺は前へ立つ役だ。後ろの3人が残れば、封鎖は続けられるだろう」
ノアの怒声へ返しながらも、アルドの足は一歩も退かなかった。その言い分を聞き終えたフィアが、記録板を胸の前で持ち直す。
「訂正。アルド本人が帰還条件から抜けた時点で、この守護陣は完遂ではありません」
フィアの声は、砲光の中でも揺れなかった。
「守護対象、ノア、フィア、セレネ、アルドの4名。終了条件は4名全員の封鎖完了地点からの離脱です。アルドだけを未帰還欄へ残す条件は受理しません」
「……分かった。4人だな」
「記録しました!」
アルドが盾の角度を変える。正面から受ければ、盾ごと後衛へ押し込まれる。彼は砲撃を止めるのではなく、塔の外側へ流すため、右縁を前へ出した。
「【完遂護陣】。終了条件、4人で戻る!」
左の前衛砲が先に落ちた。ラガンとガズルへ向いた地圧の塊を、牙冠王の王域が薄める。ラガンは鉤縄を白環柱へ巻き、自分の身体を横へ飛ばして砲軸を引いた。
直撃は外れたが、岩丘の北側が大きく削れ、ガルヴァドの戦団ごと石片が舞い上がる。右の前衛砲はリィナとカインを狙う光槍だった。カインが長剣を地面へ刺し、石板を上げる。
【上へ】
リィナは意味を理解し、借り物の片刃剣を光槍の下へ差し込んだ。切るのではなく、刃の角度をカインの長剣へ合わせ、2本を斜めの導路にする。光槍は鋼の間を滑り、空へ跳ね上がった。
刃へ熱が入り、リィナの手袋から煙が上がる。彼女はそれでも剣を捨てず、鍔元へ持ち替えて地面へ熱を逃がした。
「リィナァ!」
「手は平気だから、心配しないで!」
3つ目の砲撃が封鎖班へ落ち、アルドの盾とぶつかった瞬間、音が消えた。圧力が大きすぎて、耳が先に外界を切った。盾面へ白い亀裂が走り、アルドの両足が石床を削る。
1メートル、2メートル。背後にはセレネの術式柱があり、これ以上下がれば封鎖陣を壊す。アルドは腰を落とし、盾を右へひねった。
砲撃の中心が盾面から外れ、白い奔流が石段の脇を通る。封鎖班の外套が風で持ち上がり、フィアの記録板が手から飛びかけた。ノアが片手で記録板を掴み、もう片方の手で術式を維持する。
「盾表面、破断3か所!」
フィアが状況を読む。
「アルド、左腕の感覚を確認します。痺れだけですか、それとも握力も落ちていますか」
「痺れはある。でも盾の縁を掴めるし、指も全部動く。まだ防御ラインを維持できる」
「なら、まだ負けではありませんね。守護線の位置だけ戻してください。腕の負荷が増えたら、次は私が止めます」
「分かった、戻す。ただし止める時は、封鎖の残り時間も一緒に言ってくれ。俺も帰る条件を守るから」
アルドは砲撃が切れた瞬間、盾を引きずって元の線へ戻った。勝つためではなく、次の砲撃まで、封鎖班が自分の位置を基準に作業できるようにするためだ。4つ目の砲口は避難路へ向いていた。
そこには治療班、灰環技師、撤退中の住民がいる。ユノが上空から光の壁を作るが、砲撃は彼女の補助術式を貫く強さだった。
「カイン、間に合わない! 無茶して届こうとしないで。そこで怪我したら、私が後でめちゃくちゃ怒るから!」
カインは前衛砲を逸らした直後で、避難路まで約40メートルある。レイルは七環導杖を左手へ持ち替えた。右腕を肩より上へ動かさず、足元へ2つの風圧環を作る。
4件保持が禁止で出来ないのならば、完成させた魔法を、短い間隔で連続して当てるのだ。
「一発目で下、二発目で左へ流す。ユノ、壁を消すな。表面だけ傾けろ!」
「指示が細かいなぁ!病むわぁ......、でも分かった!」
ユノの光壁が砲撃へ対して正面ではなく、左上がりに傾く。レイルは【風弾】を壁の右下へ撃つ。光壁そのものを押し、受けた砲撃の角度をわずかに上へ変える。
2発目を左側へ当てると、白い砲流は避難車の屋根をかすめ、街道脇の岩山へ突き刺さった。爆風が住民を転ばせる。クラリスが搬送具と仮柵を【定型】で事故前の形へ戻し、ミレアが倒れた者へ【生命診断】を広げた。
「死亡者なし! 骨折2、裂傷7。歩けない者から車へ!」
「避難路、継続可能です」
ここまでで4発を凌いだ。塔の砲口は消えず、次の魔力を集め始める。ガルヴァドは試射結果を見上げ、4本の腕へ別々の指示を出した。
「塔側出力、過大。次弾、半分へ落とす。第一、第二極は前衛。第三、第四は記録と設計を除去」
砲杖と鎖剣が、今度は明確にノアとフィアへ向いた。
「なぜ私たちですか」
フィアが問う。
「戦場を同じ形へ戻す者が2人いる。記録する者と、作り直す者。先に止める」
「私は作り直すのではなく、設計しています」
ノアが眼鏡を押し上げる。
「訂正は後で受けます。まず敵です」
「区別は戦力評価に必要だ」
ガルヴァドは本気で答えている。彼にとってノアもフィアも、守られる後衛ではなく、戦場の再現性を支える重要部品だった。
「アルド、離れてください」
ノアは赤縁眼鏡を押し上げて言う。
「今の盾で次の2本は受けられません。私とフィアが左右へ分かれれば、狙いも分散します。貴方1人へ集中するより成立率は上がる」
「分かれた先で追われる。俺が中央に残れば、ガルヴァドは最も邪魔な俺を先に潰しに来る。それなら後ろの2人は動ける」
「貴方が倒れる前提を作戦へ入れないでください。私は『守られる役』をするためにここへ来たんじゃありません」
ノアの声が震えたのは、怒っているからだけではなかった。アルドもそれに気づき、ほんの一瞬だけ肩越しに振り返る。
「俺も、倒れるために立ってるんじゃない。守ると決めたから、ここで最も長く残れる形を選んでる。精神論じゃない。お前たちが封鎖を終えるまで、俺が敵の優先順位を引き受けるっていう役割だ」
「……それなら、最初からそう説明してください。『俺が守る』だけで全部済ませるの、格好いいですけど腹が立ちます」
アルドはノアを振り返った。額から血が流れ、左腕は盾の裏で震えている。それでも、声だけは落ち着いていた。
「前に立つだけなら、俺1人でできる。だが、止め方は2人にしか考えられない。だから俺が時間を作る。時間の使い方は任せる」
「それは、自分を消耗品へ分類しているだけです」
「違う。4人で戻ると決めた。俺が倒れる前に、2人が止め方を作る。倒れたら、セレネが俺を後ろへ運ぶ。俺も条件に入っている」
セレネは封鎖環から目を離さず答える。
「運搬工程を追加しました。アルドの意識喪失時、私が足元の地質層を後方へ移動させます。フィア、終了条件へ追加してください」
「追加済みです」
ノアは一瞬、唇を結んだ。いつものように強い否定を受ければ、研究刺激として笑う余裕はない。自分を守るために他者が傷つくことを、彼女は血への依存と同じくらい嫌っている。
それでも今は、アルドを押しのけて前へ出るより、作るべきものがある。
「分かりました」
ノアは術式板を開いた。
「アルド。貴方を守護対象へ含めます。だから勝手に限界を更新しないでください。左腕の震えが3センチメートルを越えたら下がる。呼吸が2回連続で途切れたら、私が命令します」
「了解した」
「フィア。ガルヴァドの4極形成間隔を記録。セレネ、塔側砲口と本人の武器を別系統へ分けます。私は第3極の砲杖へ反射式を作る」
「記録開始。第1極から順に0.21秒、0.18秒、0.34秒、0.16秒」
「ノア、第2環の開始が0.08秒早いです。焦って工程を飛ばさないでください」
「……あぁ。もっとお願いします。そこ、もう少し厳しく言ってください。手順違反は容赦なく!」
「喜ぶ項目ではありません!!」
「分かっています。だから効くんです」
「今は戦闘中だぞ、まじめにやれ」
「アルドは前を見ててくださる?」
「塔側は中央環から0.47秒遅延。本人の動作より遅いです」
3人の声が続き、アルドはその前へ盾を置き、砲杖と鎖剣を見た。
「俺が守る。2人は止め方を考えろ。ただし、俺が倒れる前に必ず終わらせろ」
「命令の最後だけ余計です」
「追加訂正。倒れる前提の命令は禁止です」
フィアが記録板から顔を上げた。
「次に言ったら、治療後に私とフィアで2回説教します」
「私は回数に合意していません」
「では査読後に決めましょ」
「説教そのものは確定なのか?」
アルドが呆れたように返すと、ノアの口元が少し上がった。
「終わらせます。貴方と一緒に」
後方では、ロッテが壊れた盾の交換板を外しており、彼女の足元には、旅の4日間で組み上げた環刃短杖・試作二号の部品が広げられている。完全な試射はできていない。だが、ガルヴァドの剣を流せる武器が必要になる可能性を見て、炉都から持ち出していた。
「レイル」
ロッテが呼ぶ。
「右腕を使わず、左手だけで近接形態を保持できるか?」
「開掌把持なら大丈夫だ。形成は左掌と杖頭へ分ける」
「6層は許可しないよ」
「今は4層も使わない」
「今は、ね! あんたの今はの信頼度はほんっとおおおおおおおに低いけど」
ロッテはレイルを睨んだ後、試作二号の三日月環を七環導杖の柄へ接続した。黒銀の盾鍔が開き、2枚の小さな排圧翼が外側へ伸びる。
「まだ試験していない武器だよ。攻撃を受けるんじゃない。流すだけ。破断板が1枚でも割れたら、砲撃は禁止だよ」
「了解」
「じゃ、手を出して」
レイルが左手を開くと、ロッテは柄の固定帯を調整し、掌中央の導出端を塞がず、指と手首だけで武器を保持する。
「固定帯、きつくない? 掌中央は空けたけど、指の付け根に圧が残るなら今言って。戦場へ出てから『実は痺れてた』は無しだからね」
「今のところ問題ない。握った状態でも導出端は開いているし、左手だけなら保持にも影響しない」
「そうやって性能の話へ逃げるの禁止。痺れたら、すぐ言う。痛んでも言う。言わずに壊したら、帰ってから本気で怒るし……たぶん、かなり心配する。私だけじゃなくて、ね」
最後だけ声が弱くなり、ロッテは自分で気まずくなったように留め具を強く押した。
「分かった。今回は、壊れる前に言う」
「その言葉、今は信じる。だから無事に戻ってきてよね。 また、次の改良を私にやらせて」
パチ、パチンと彼女は最後の留め具を閉じた。環刃短杖・試作二号が、七環導杖の一部としてレイルの左腕へ収まる。ガルヴァドの4つの炉が、次弾の光を強めた。
封鎖進行は52%。まだ、守る時間が必要だった。