未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――
封鎖完了まで20秒。ガルヴァドは、再生を失敗した右下腕を見なかった。残る3本の腕へ出力を集め、白環塔の中央環ではなく、封鎖術式の核となっているセレネの足元を狙う。
「第1極、斧。第2極、槍。第4極、鎖。3方向同時。守護線を除去」
斧がアルドへ、槍がラガンへ、鎖剣がリィナとカインの間へ走る。単純な力比べでは持たない。レイルはアルドに支えられたまま、掠れた声を絞った。
「正面は……受けるな。全部、同じ……右へ......」
「3本を?」
リィナが聞き返す。
「方向を……揃える。ガズルの、王域へ」
声が途切れる。ニアがレイルの意図を補った。
『3武器の流し先を右側へ統一! 牙冠王の王域内で致命圧を落とす作戦ってこと!』
ガズルは即座に大包丁を右側の石段へ突き立て、王域を狭く濃くする。
「全部ここへ流せブヒ! 我の王域に入ったなら、そう簡単には殺し切らせんブー!」
アルドが斧を盾の右縁へ当てる。盾は既に割れ、正面防御の形を失っており、だからこそ、欠けた部分を斧へ噛ませ、右へ滑らせる。ラガンは槍の下へ長刀を入れ、鉤縄を自分の右腰へ巻く。
真正面で押し返さず、身体ごと右へ回る。カインは鎖剣の節へ鞘を差し、リィナがその鞘を借り物の剣で叩く。2人の衝撃が同じ向きへ重なり、鎖の先端が右へ跳ねた。
3つの武器が牙冠王の王域へ入る。致命傷へ至る圧力が薄まり、ガズル軍の盾兵がさらに外側へ流す。斧は石段を砕き、槍は地面へ突き刺さり、鎖剣は岩柱へ巻きついた。
ガルヴァドの3極が同時に止まる。
「17秒!」
フィアの声。ガルヴァドは武器を捨てなかった。斧柄を折り、槍を途中から切断し、鎖を自分の腕へ巻いて短くする。
長い武器を使える形へ縮め、止まる時間を削る。
「損耗を受理。短距離戦へ移行」
黒鉄の巨体が前へ出る。リィナは借り物の剣を下段へ置いた。刃には複数の欠けがあり、次に正面から当てれば折れる。
愛剣ではなく、だからといって使い潰していい武器でもない。
(前の重さでも、試験剣の軽さでもない。今持っている剣の止まる場所を使う)
ガルヴァドの斧柄が横から来る。
リィナは刃で受けず、鍔の近くを柄へ当てる。軽さを利用して腕を早く返し、接触点を外へ滑らせた。次の槍柄が低く入る。
左足を噴射せず、右足を半歩引いて間合いを短くする。借り物の剣を鞘へ半分戻し、残った刃の長さだけで槍柄を切る。木と金属の複合柄が裂けた。
ガルヴァドの左上腕が空く。
「連撃の娘よ。借り物で極を削るか」
「剣が違っても、次の足は私のもの!」
リィナは【無終剣・継歩】で空いた腕の内側へ入る。1撃目を肘の魔力膜へ。振り切らず、2撃目を肩の再生線へ。
3撃目で、右下腕を再生させている炉と残る3極の接続部を斜めに切る。借り物の刃が耐えきれず、根元から大きく欠けた。それでも、再生線は開き、ガルヴァドの右下腕へ伸びていた赤黒い骨格が崩れ、再生時間がさらに延びる。
「第3極、再生停止。連撃の娘、出力評価を更新」
ガルヴァドは左下腕の鎖を短く巻き、リィナの胴へ打ち込む。カインが間へ入り、長剣の腹で鎖を受け、衝撃で2人が石段を転がった。
「リィナ!」
レイルは立とうとするが、足裏の感覚がまだ戻り切らない。アルドが肩を押さえた。
「今は俺が行く」
「盾が」
「壊れても、持つ場所は残っている」
アルドは半分割れた盾を両手で持ち、ガルヴァドへ走り、攻撃ではなく、倒れたリィナとカインの前へ差し込む。鎖剣の2撃目が盾へ当たり、残っていた表面板が砕けた。盾の骨組みだけが残り、アルドは骨組みを鎖へ絡め、自分の身体を右へ投げた。
ガルヴァドの左下腕が引かれ、リィナたちから外れる。
「守護線、移動!」
フィアが叫ぶ。
「対象、リィナ、カインを追加。残り12秒!」
ノアとセレネは封鎖術式から手を離さない。白環柱6本の光が次々に消え、中央環の内側へ黒い亀裂が広がる。
「最終工程へ入ります。あと10秒!」
ガルヴァドは絡んだ鎖と盾骨を見た。
「守護前衛。武器を失った」
「盾の形がなくなっただけだ」
「次弾を受けられん」
「受けない。終わるまで、お前をここへ置く」
アルドは盾骨を両手で抱え、鎖ごとガルヴァドの左下腕へ巻きついた。巨体へ勝てる力ではなく、離れようとする方向へ身体を掛け、1秒ずつ遅らせる。ガルヴァドの斧柄がアルドの背へ落ちる。
ガズルの王域が致命圧を薄めても、鎧がへこみ、血が口から散った。
「アルド、下がってください!」
ノアが叫ぶ。
「あと何秒だ!」
「7秒です!」
「なら、7秒後に下がる!」
「今下がっても、私たちが続けます!」
「俺が倒れたら運べ! 決めただろ!」
ノアは歯を食いしばり、封鎖環へ最後の術式を入れる。フィアは声を震わせず秒数を読む。
「6。5。4」
ラガンが右からガルヴァドの膝裏へ長刀を入れる。リィナはカインに支えられて起き、欠けた剣を鞘へ戻す。刃ではなく鞘ごと、ガルヴァドの右足首へ打ち込んだ。
ガズルが正面から大包丁を押し当てる。3人の力で、巨体の進行が止まる。
「3。2」
レイルは声が出ないまま、左手を開き、新しい魔法は形成しない。8件保持の直後に追加すれば、次こそ経路が切れる。代わりにニアへ、中央環の最後の完成条件を表示させる。
【封鎖最終条件:現地代表の受諾】
セレネの術式だけでは閉じない。白環塔を誰の所有へ戻すか、現地側の意思が必要だった。ガズルが中央環を見る。
「塔を我の物にはしないブヒ」
牙冠王は言った。
「この土地へ住む者が、次に開くと決めるまで閉じておけブー。王の命令で永久に縛るんじゃない。食卓を使う者たちが選び直せる、期限付きの封鎖だブヒ」
広場から避難した倉庫管理者、塔の見張り、近隣集落の代表が、灰環通信札越しに順番に受諾を返す。ヴェリクも署名する。
「灰環側は封鎖期間1年を受諾。更新は再審議。軍事転用は禁止」
最後の条件が揃った。
「1。封鎖完了!」
フィアの声と同時に、7本の白い柱が内側へ折れた。物理的に崩れたのではなく、中央環との接続を断ち、白い光を地中の封印槽へ落とす。上空の砲口がすべて消え、ガルヴァドの胸部炉から塔へ伸びていた同期線も切れた。
目的は失われた。ガルヴァドは力を止めた。アルドへ落としかけていた斧柄を上げ、3本の腕を下ろす。
「中継核、稼働不能。確保価値、消失」
戦団の部下へ撤退合図を送る。
「追わないのか」
ラガンが問う。
「塔を得られぬ戦闘へ、これ以上損耗を増やす意味はない」
「敗北を認めるか?」
「目的達成率0。戦術的敗北を認定する。が、全極停止ではない」
ガルヴァドは、声を失ったまま支えられているレイルを見て、声をかけた。
「止める術者よ――」
レイルは顔を上げた。
「人間は部品ではないと言ったな」
ガルヴァドは、自分の切断された腕と、立てないレイルを交互に見る。
「ならば、なぜ自分だけを使い潰すのだ」
レイルは限界を超えて返す声が出ず、問いは、8件保持の反動より深く残った。リィナがレイルの前へ立つ。
「使い潰させない。私たちが止める」
「連撃の娘。お前は止められたか」
「今日は止めた。なら、次も止める」
「記憶しておこう......」
ガルヴァドはそれだけ言うと、切断腕と砲杖を部下へ回収させ、北側の荒野へ退いた。追撃はせず、ラガンもガズルも、その背中へ武器を向けなかった。勝ったから見逃したのではない。
封鎖と避難が完了し、これ以上の戦闘が不要になったからだ。緊張が切れた瞬間、アルドが膝をついた。ノアが封鎖陣から走り、彼の前へ滑り込む。
「レイル! 呼吸をしてください。今すぐです。4人で戻る条件を、ここで未完にしないでください」
「......戻る。だから、そう怒鳴るな」
「怒鳴っていません。必要音量です」
「十分うるさいんだが」
「返事ができるなら意識はあるようですね。さ、呼吸を」
アルドの口元から落ちた血を見た瞬間、ノアの赤紫の瞳がわずかに濃くなった。本人はすぐ眼鏡を押し上げ、乱れた呼吸ごと押し込む。
「アルド。座ってください。今すぐ。反論は許可しません」
「急に命令口調だな」
「血が見えると少し気が立つんです。いいから、深掘りしないでください」
「記録します」
「フィア、それは記録しないでくださいますか?」
ノアが右肩を支えようとしたところへ、フィアが反対側からアルドの左腕を取った。
「左腕は私が確認します。ノアは呼吸と傷口を」
「私も支えられます」
「ノア自身の指が震えています」
「……あぁ。もっとお願いします。そこ、厳しく言ってください」
「今、喜ばないでください」
アルドが2人の間で眉を寄せた。
「歩けるぞ」
「なら自分で歩いてください」
ノアとフィアの声がきれいに重なった。アルドは一度だけ黙り、それから素直に立ち上がる。ノアは震える指で彼の鎧を外し、ミレアへ負傷位置を伝える。
フィアは4人全員が封鎖地点から離れた時刻へ完了線を引いた。リィナはレイルの前へしゃがむ。
「声、出る?」
レイルは首を横に振る。彼女は無理に話させず、左手を取った。石粉と血で汚れた指を、両手で包む。
「じゃあ、聞くだけでいい。今回は、8件持てたことより、8つを別々に守ったことを覚えて。ガルヴァドの言葉も、1人で答えなくていい」
セレネも隣へ来て、レイルの瞳へ測定光を当てる。
「発話経路は損傷ではなく、一時的な処理圧迫です。治るまで、私たちが記録と返答を補います。ただし、貴方の代わりに選択はしません」
レイルは左右にいる2人へ目を向けた。握られたリィナの手は温かく、セレネが当てる測定光は眩しすぎない。自分だけを部品として使うなという問いへ、今は言葉を返せない。それでも、両側にいる2人を見れば、答えの方向だけは分かった。
ロッテは回収された環刃短杖を抱え、開いた盾環を確かめていた。
「試作二号、砲身生存。右破断板は設計どおり。左排圧翼、変形。固定帯、正常解放」
彼女はレイルの左手へ目を移す。
「指、動く?」
レイルがゆっくり開閉すると、ロッテは肩の力を抜いた。
「……よし。武器は直す。手も治す。次は両方、ちゃんと帰す」
ぶっきらぼうな声の最後だけが、少し柔らかかった。封鎖された白環塔は、ただの崩れた石柱へ戻っていて、倒せなかったガルヴァドは去り、調査隊にも重傷者が出た。借り物の剣は欠け、盾は骨組みだけ、環刃短杖も再修理が必要だった。
それでも住民は全員避難し、塔は奪われず、長期利用契約を急いで結ぶこともなかった。敵の身体ではなく、自分たちが守ると決めた条件だけは、最後まで失わなかったのだ。