未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――
森都リュミエルの北東、旧継路門へ続く根道は、夜明け前から細い雨に濡れていた。森人族が編んだ枝の天蓋は雨粒の大半を受け止めている。それでも葉先から落ちた雫が、苔を敷いた道へ一定の間隔で跡を作った。
白環杭の影響を受けていた頃なら、全ての葉から同じ時刻に落ちていたはずの水が、今は枝ごとに違う速さで零れている。調査隊は、樹橋事故の翌朝に移動を始めた。レイルの生命魔法は使用禁止。
右目の未完輪も、朝から薄く残っていて、ミレアは歩行を許可したものの、魔法経路へ負荷をかけた瞬間に拘束すると宣言した。ノアとフィアは8件保持の記録を別々に写し、同じ数値が出た箇所だけを暫定値として残している。リィナは新しい【継刃】を腰へ佩いていた。
鞘も古いものを削り直して使っているため、遠目には以前の剣と大きく変わらない。ただ、歩くたびに柄頭の位置が以前より身体へ近く、右手が触れる場所も数センチ変わっていた。彼女は意識して手を離していて、それでも急な音が鳴ると、指は新しい重心へ迷わず戻った。
ユノは隊列の先頭近くを歩き、掌に収まる銀色の羅針盤を何度も確かめていた。藍色の髪は雨気を含んで頬へ張りつき、いつもの気だるそうな目が今日はほとんど瞬きをしない。針は北東へ固定されたまま、森の中には存在しない文字を硝子面へ浮かべ続けている。
【新宿方面】
レイルには意味が分かった。分かってしまうことを、昨夜から誰にも言えていなかった。(新宿。駅の案内表示なら、中央線か山手線か。方向だけでは断定できず、けれど字体も単語も、偶然似たとは考えにくい)前世で見慣れた文字だった。仕事帰りの駅で、深夜のホームで、書きかけの小説をスマートフォンへ打ちながら何度も通り過ぎた名前である。
懐かしさより先に、胃の奥が冷えた。ユノが立ち止まり、根道の先に、石造りの古い門があった。左右の支柱は太い樹根へ呑み込まれ、門の上半分は崩れている。
白環杭は見当たらず、代わりに、閉じた円の刻印が支柱の内側へ7つ並び、その中央だけが湿った光を帯びていた。
「ここ。羅針盤、もう振り切れてる」
ユノは硝子を指で叩いた。
「これ、壊れたとかじゃないよね。壊れてるだけなら『はい残念、修理案件』で済むから、その方がまだマシなんだけど」
「指針ノ回転機構ハ正常。故障判定ナシ。外部残響ノ強度ダケガ測定上限ヲ超エテマス」
「ニアちゃん、今日だけはちょっと希望ある誤診してくれない? 『実は近所の温泉でした』とか」
「希望的誤診ハ、ナシ寄りノナシです。ソレやると後で情緒が爆散シマス」
ユノは笑おうとして、うまく笑えなかった。羅針盤を握る指だけが白くなる。
「だよね。知ってた。……じゃあ本物かもしれないんだ」
ニアは少女型の輪郭を雨の中へ投影し、羅針盤の周囲へ解析環を重ねた。いつもの明るい言い回しを残しているが、声は危機時の平板さへ戻りかけている。カインがユノの左側へ立った。
黒に近い短髪にも雨粒が残り、喉の古傷へ外套の襟が触れている。彼は石板を取り出したが、すぐには書かなかった。ユノの顔を一度見てから、門と退路の双方が視界へ入る位置を選ぶ。
フィアが支柱の刻印を数え、記録板へ書き込んだ。
「七環印、全て閉環。中央門のみ魔力反応あり。現時点で、門の向こう側は未確認です」
「開く前に、帰還座標が本物か調べられる?」
リィナが尋ねると、セレネは眼鏡の位置を直して門へ近づいた。淡金色の髪を後ろでまとめ、青紫の瞳で刻印の順番を追う。杖先から伸ばした細い光糸が門の内側へ触れた瞬間、糸の先が森とは異なる方向へ吸い込まれた。
「座標値はありません。距離も方角も、こちら側の空間尺度へ換算できない。代わりに、この門は接触者の記憶から目的地の構造を補っています」
「帰還門じゃなくて、記憶を出口に見せる門?」
「今のところは、その可能性が高いです。ですが、門の向こうから物質反応があります。幻だけとも言い切れません」
ユノが小さく笑った。
「最悪。期待する余地だけ、きっちり残してくるじゃん」
その笑いは、すぐに消え、レイルは彼女の横顔を見た。いつもなら「だる」「うざ」と先に吐き出すユノが、今は何も続けない。右手の親指だけが、羅針盤の縁を擦り続けている。
「ユノ。今から言うこと、たぶん羅針盤より大事だ。驚いてもいいけど、先に最後まで聞いてくれ」
「何その前置き。今の私、もう10分びっくりしてるんだけど」
「門の上に出ている文字を、俺は翻訳なしで読める。あれはこの世界の文字じゃない」
ユノの親指が羅針盤の縁で止まり、葉先から落ちる雨の音だけが、2人の間を数回通った。ユノがゆっくり振り返る。
「読めるって、ニアちゃんの翻訳とか、王核の言語術じゃなくて?」
「違う。翻訳される前から意味が分かる。【新宿方面】って書いてある。文字の形も、言葉の並びも知ってる」
ユノの顔から血の気が引いた。期待したいのに、期待した瞬間に崩れそうで怖い。その両方が目に出ている。
「……どこで覚えたの、それ。お願いだから、今だけは『古文書で見た』みたいな答えに逃げないで」
レイルは答える前に、リィナを見て、彼女は驚いていたが、目を逸らさなかった。セレネも同じだった。前世について、レイルが全てを話したわけではない。
それでも、彼の言葉の癖や異邦の知識が、この世界だけから生まれていないことは、旅を共にした仲間たちほど知っている。
(ここで伏せれば、ユノを1人だけ門の前へ残す。けれど話せば、リィナへまだ伝えていないものを、先にユノへ渡すことになる)迷った時間は長くなかった。
「前の人生で使っていた文字だ。隠すつもりでここまで来たわけじゃない。でも、話す相手と時期を決められないまま後回しにしていた」
「前の……人生って、転生したってこと?」
「ああ。この世界でレイルとして生まれる前、日本という場所で生きていた。東京にも行ったし、新宿も知ってる。だから、今あそこに出ている景色が『それらしく作られている』ことも分かる」
ユノの唇が動いたが、声にならず、羅針盤を持つ手が震え、カインが支えようとして止めた。触れるかどうかを彼女へ選ばせるためだった。ユノは数秒後、自分からカインの外套を掴んだ。
「日本って言ったね、今。本当に、私が知ってる日本?」
「ああ。少なくとも俺がいた時代の日本だ」
「じゃあ……コンビニ。夜中でも開いてて、意味わかんないくらい新商品が出る店」
「それだけだと広いけど、たぶん同じだ。肉まんの季節になると入口の匂いが変わる」
ユノの喉が小さく鳴った。確かめる質問が、試験ではなく縋る手つきに変わっていく。
「電車が遅れた時、駅でもらえた紙。学校とか会社に持ってくやつ」
「遅延証明書。今は紙だけじゃなく、サイトで出す路線もあった」
「スマホの充電、残り何パーから焦る?」
「三十で気にする。二十で予備電源を確認する。十まで放置するのは危険だ」
「そこだけ妙にレイルすぎる……普通、もっと五とかまで粘るでしょ」
ユノの目から、急に涙が落ちた。
「そこ、普通は五とかじゃん。慎重さ、前世から病気だったんだ」
「否定はしない」
「まじで……まじで日本人じゃん。何それ。ずっといたの? 同じ世界の人が、こんな近くに」
「今の俺はレイル・アルヴァートだ。日本で生きていたことも事実だけど、それだけが俺ではない」
「分かってる。分かってるけど、今だけはちょっと、そっちの話させて」
ユノは涙を手の甲で乱暴に拭い、笑おうとして失敗した。
「私さ、家の最寄り、東京じゃないんだよ。電車で行けるけど、新宿なんか毎日使わない。人多いし、駅で迷うし、行くたびに『二度と来ない』って思うのに、帰れなくなったら新宿の看板まで恋しくなる。自販機の青い光とか、雨の日のアスファルトとか、意味分かんないものばっかり」
「記憶は、必要だったものだけを残さない」
「そう。嫌いだったものまで、勝手に故郷になる」
レイルは返す言葉を探し、自分の場合、前世を故郷として懐かしむ気持ちは、ユノほど純粋ではない。戻りたいと思うより、残してきたものへの後悔が先に立つ。未完成の原稿。
送れなかった言葉。何も終わらせず死んだ自分。ふと、右手へ温かい感触が触れた。
リィナが、吊り帯の下から出ていたレイルの指先を握っている。彼女の手には、朝の剣稽古でできた薄い硬さがある。強く握らず、逃げられる程度の力だけを残していた。
以前なら、位置確認だとか、不安定な足場で離れないためだとか、何かしら理由を付けたかもしれない。今日は付けなかった。握られて安心し、それだけで十分だった。
「昔のことを話すなとは言わない」
リィナはユノではなく、レイルへ言った。
「2人にしか分からない言葉があるのも、今すぐ全部教えてなんて言わない。でも、分からないまま隣にいる私を、勝手に外へほっぽらないで。レイルがどこから来たとしても、今ここにいることまで2人だけの話にしないで」
「しない」
「それ、短く答えて終わりにしないでくれない?」
責める声ではなく、だからこそ、レイルは反射的な返事を飲み込んだ。
「俺は、前の世界に戻れる門が開いたとしても、黙って入るつもりはない。過去を話す時も、今の仲間に関係がないとは考えない。リィナが分からない言葉を使ったなら、後で必ず説明する。それでも、前の記憶に引っ張られて、うまく話せない時はあると思う。その時は……外へ置くつもりがなくても、そう見えるかもしれない」
「その時は言う。今みたいに」
「頼む」
「頼まれなくても言うよ」
リィナの指が少し強くなる。セレネは2人の手元を一度見た後、ユノの羅針盤へ視線を戻した。表情は平静だが、杖を握る指がわずかに硬い。
「私も説明を要求します。ただし、今ここで全部話せとは言いません。ユノの故郷が目の前に出ている状況で、私の質問を割り込ませるのは違います」
「セレネにも話す。後回しにした分まで、ちゃんと時間を取る」
「では後日、予定を空けてください。異邦言語の資料としてではなく、貴方がどう生きて、何を置いてきたのかを、貴方自身の話として聞きたいです」
眼鏡の奥の青紫の瞳は静かだったが、杖を握る指は少しだけ硬い。
「それともう1つ。さっきリィナへ向けて言ったことを、私への返答まで済んだ扱いにはしないでください。私は私の言葉で聞きたい」
「分かってる。そこは別にする」
「なら結構です。……今は、ユノのそばにいてください」
眼鏡の奥の瞳が少しだけ柔らいだ。ユノは2人を交互に見て、涙の跡が残る顔で鼻をすすった。
「何この状況。故郷っぽい門が出て、日本人が隣にいたって判明して、その横で恋愛未処理案件まで始まるの? 私の情緒、置き場所なくない?」
「今はユノの話を優先する。俺と2人の件は後で――」
「そうやって急に会議進行へ戻るなって。今の私は泣けばいいのか笑えばいいのかも分かんないんだから、せめて1個ずつ来てよ」
その一言で、張り詰めていた空気が少し緩んだ。カインが石板へ短く書く。
【開く/戻る】
ユノは石板を見て、深く息を吸った。
「開ける。見ないで帰ったら、たぶん一生『本物だったかも』って考える。でも、私1人で入らない。綱も付ける。時間も決める。危なかったら引っ張って」
カインは消して書き直した。
【同行】
「うん。知ってる。……ていうか、勝手に1人で残ったら許さないから。私だけ帰して格好つけるとか、まじで無理。帰れなくても隣にいて。置いてったら、どこまででも探しに行くから」
カインは少しだけ目を細め、石板の文字を消さずにしまった。調査隊は門前へ三重の安全線を作った。アルドとラガンが物理綱を保持し、セレネとノアが空間経路を監視する。
フィアは入門者と帰還順を記録し、ミレアは意識状態を確認。クラリスは門そのものを事故前へ戻す準備だけを整え、本人の意思なく内部景観を定型化しないと明言した。入るのはユノ、カイン、レイル、リィナ、セレネ。
ニアは猫型へ縮小し、レイルの左肩へ乗った。ユノが羅針盤を門の中心へ近づける。7つの閉環が一斉に白くなった。
森の雨音が消え、代わりに、電子音が鳴った。
『まもなく、電車が参ります。黄色い線の内側まで――』
聞き覚えのある日本語が、途中で歪んだ。門の向こうへ、雨に濡れた駅前が開き、灰色の空。高い建物。
赤、青、白の看板。歩行者信号の点滅。透明な傘を差した人々が横断歩道を渡り、車のタイヤが濡れた路面から細い水を跳ね上げている。
匂いまであった。アスファルトへ染みた雨、排気、コンビニの温かい揚げ物、地下から上がる湿った風。レイルの胸が、遅れて締めつけられる。
(覚えている。こんなに細かく、まだ残っていたのか)
駅前の大型画面には、前世で見たことのない番組が流れていた。日付の表示だけが白く潰れ、数字を結ばない。
行き交う人々の顔は、目を合わせようとすると少しだけ輪郭が曖昧になる。ユノは門を越えたところで動けなくなった。
「……雨だ」
足元の水溜まりへ、藍色の髪が映る。この世界の旅装も、腰の剣も、東京の景色には馴染まない。それでも通行人は誰も振り返らず、彼女だけが最初からそこにいたように避けて歩いた。
横断歩道の向こうから、1人の女性が走ってきた。紺色の傘を傾け、息を切らし、ユノへ手を振っている。
「ユノ!」
日本語の呼び声だった。ユノの肩が跳ねた。
「お母さん……」
カインが一歩だけ前へ出る。だが剣を抜かず、ユノの前も塞がない。女性は横断歩道の途中で信号が赤へ変わっても止まらず、車も音も彼女を避けるように流れを変えた。
近づくほど顔がはっきりする。ユノと似た目元。泣きそうな笑顔。
何年も待っていた人の表情。
「どこへ行ってたの。ずっと探してたのよ。帰ろう。もう、危ないことをしなくていいから」
ユノの右足が前へ出た。羅針盤の針が、女性の胸を指す。同時に、ニアがレイルの肩で警告音を鳴らした。
【生体反応:未検出】
【記憶照合率:97.8%】
【残差:白環制式文法】
レイルは声を掛けかけ、止めた。ユノにも表示は見えている。彼女はあと3メートルの距離で立ち止まった。
「ねえ、お母さん。ひとつだけ、昔のこと聞いていい?」
「何でも聞いて。帰ってきたら、もっとゆっくり話しましょう」
「私が小学生の時、家出したの覚えてる? 雨の日。お母さんと大喧嘩して、傘も持たずに出てった時」
「もちろん。心配して、雨の中をずっと探したわ」
返事を聞いても、ユノは近づかなかった。むしろ一歩分だけ足を止め、泣きながら笑う。
「じゃあ、私がどこにいたか言って。お母さんが見つけた時、私、何してた?」
「近所の公園にいたでしょう。ベンチで泣いていたわ」
ユノが泣きながら笑った。
「違う。家出したふりして、自分の部屋の押し入れにいた。見つけたお母さん、怒る前に笑いすぎて、私より先に泣いた」
女性の表情は変わらなかった。
「記憶には誤差があります。帰宅後に、正しい記録へ修正できます」
声の調子だけが滑らかすぎた。ユノは目を閉じる。頬を流れた涙が顎から落ち、東京の水溜まりへ小さな輪を作った。
「それ、うちのお母さんなら絶対言わない。私がどこにいたか間違えてても、『私が見つけたんだから私の記憶が正しい』って最後まで押し切るもん。だから、あんたはすごく優しいけど、お母さんじゃない」
「ユノ。長い間、苦しかったでしょう。帰れば、もう探さなくていい。ここで終わりにできます」
その言葉が最も欲しかった言葉に似ていたからこそ、ユノの顔が歪んだ。
「帰りたいよ。ずっと帰りたい。でも、帰りたいからって、偽物を本物ってことにしたくない。そんな帰り方したら、たぶん私、自分で自分を許せない」
ユノは声を震わせた。
「帰りたいに決まってる。お母さんにも会いたい。友達に謝りたい。勝手にいなくなって、ごめんって言いたい。コンビニでアイス買って、ベッドで動画見ながら寝落ちしたい。勇者候補とか、世界の環とか、全部だるいって投げたい。毎日、帰る方法を探さなくてもいいなら、どれだけ楽か分かんない」
女性が両腕を広げる。
「なら、帰りましょう」
「でも、それを言うお母さんは、私の記憶が作ったお母さんなんだよね」
ユノは羅針盤を握り直した。
「私が覚えてない話をしてくれない。私が間違えたことを、私より強く覚えてない。だったら、ここは帰る場所じゃない。私を帰った気にさせて、探すのをやめさせる場所」
「本物へ帰還できる保証はありません」
「知ってる。まじで最悪だよ。何年探しても見つからないかもしれない。見つけた時には、みんな年取ってるかもしれない。私だけ帰れないまま終わるかもしれない」
ユノは涙を拭かず、女性を正面から見た。
「それでも、本物へ帰れないなら、帰れないまま探す。偽物を正解にして、探してた私まで間違いだったことにはしない」
ユノは息を吸い、後ろへ手を伸ばした。
「カイン。ここで勝手に消えたら本気で許さない。私が帰れなくても、一緒に帰り道を探して。……離せって言った時は離していいけど、1人でいなくなるのは絶対なし」
カインは迷わず、その手を握った。声を持たない彼は何も約束せず、ただ、帰れない少女が一歩下がるために必要な重さを、掌へ返した。女性の笑顔が止まる。
東京の雨粒も、車も、通行人も、同じ瞬間に静止した。大型画面の映像が白く塗り潰される。
【帰還受諾:不成立】
【矯正対象群:拒否を確認】
【標準帰還手順:破棄】
【次段階へ移行】
現代日本語の表示が、白環制式語へ置き換わっていく。駅舎の壁が平らな白い面へ変わり、高層建築の窓が閉じた環の列へ変形した。アスファルトは継ぎ目のない白床となり、雨だけが途中まで落ちて消える。
リィナが継刃を抜く。
「帰るよ、ユノ。ここじゃない場所へ」
「うん。帰ろ。帰れないままでも」
ユノはカインの手を離さず、門の方へ向き直った。だが、入ってきた門は消えている。代わりに、白い制服を着た男が立っており、白銀の短髪。
薄い金色の瞳。左右対称に整えられた制服には、汚れも皺もない。首の後ろでは、細い白環が完全に閉じている。
男は穏やかに微笑んだ。笑みの幅まで、測ったように一定だった。
「拒否を確認しました」
丁寧な声が、白い駅前へよく響く。
「矯正工程を一段階進めます――」
白い男は胸へ右手を当てた。
「私は白環矯正施設・現場執行官、セリオス・カノン。帰還および矯正工程を担当します」
クラリスの表情が固まった。
「……白環執行官。敵を殺すための兵ではありません。白環が定めた”正しい状態”へ、人を戻すための管理者です」
「戻すって?」
リィナが眉を寄せる。
「本人が望んでいなくても、です――」
床の環が閉じ、レイルたちの足元をそれぞれ別の白光が囲んだ。