未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――
異変は、【七環外導架】の二回目の実地試験中に起きた。
場所は、鳴鉄鉱を採った旧坑道からさらに北へ続く廃鉱区画。人の出入りがなく、周囲へ被害が出にくいという理由で選んだ試験場だった。
メンバーはレイル、リィナ、セレネ、アルド、ノア、フィア、ミレア、ロッテ、ドルガ。ニアは少女型でオムニアの上へ浮いている。
外導架の七つの欠環が、レイルの身体周囲へ展開していた。
黒銀の主芯は短杖として右手へ。右腕環は肘の外、左腕環は手首から少し離れ、背部欠環は肩甲骨の後ろへ浮く。左右脚部の板は足首から脛へ沿い、腰部保持枢だけが外套の下へ固定されている。
『外部枠二、安定。排圧正常。使用者ノ顔、ちょいドヤってますねぇ』
「最後いらないだろうが!」
『事実デス』
リィナが笑う。
「ちょっと格好いいと思ってるでしょ」
「新装備だから確認してるだけ」
「鏡見た?」
「ま、一回は」
「見たんじゃんか!」
セレネが計測板から顔を上げないまま言う。
「リィナ、試験中です」
「セレネも最初に三回見てたよ」
「装備位置の確認です」
「同じじゃん」
レイルが口を挟む前に、地面の奥から低い振動が来た。
ゴゴ……。
ドルガの表情が変わる。
「止めろ」
外導架ではない。ドルガは坑道そのものを見ている。
「この音、上じゃねえ。下から来てる」
ニアが即座に解析へ戻る。
『地中大型反応。深度上昇。魔力量、高――白環系反応混在!』
ミレアが全員へ下がるよう手を上げる。
「試験中止。装備は安全状態へ。怪我人が出る前に退避します」
フィアが退路を確認する。
「南坑道、確保。全員移動――」
言い終わる前に、正面の岩壁が膨らんだ。
ズガァァァン――ッ!
岩盤が内側から爆ぜる。
粉塵の向こうから、白灰色の巨大な頭部が現れた。
鉱石そのものを重ねたような鱗。頭部から背へ走る亀裂は、本来なら継ぎ目であるはずなのに、一部が乳白色の物質で滑らかに埋められている。
口内には歯ではなく、互い違いの金属質な板。
巨大な前脚が坑道床へ落ちる。
ドォンッ!
地面が沈んだ。
「【継喰鉱竜】……?」
ドルガが低く言う。
「知ってる?」
「昔の採掘記録にある。金属鉱脈の境目を食う。だが、あんな白いのは知らねえぞ!」
ノアが目を細める。
「胸部。白環式の媒体が埋まっています」
鉱竜の胸の奥で、閉じた白い環が明滅した。
白環旧媒体。
長い年月、魔物の体内で周囲の金属と魔法接続を取り込み続けたらしい。
鉱竜が鼻先を動かす。
視線ではなく、継ぎ目を探している。
最初に狙ったのは、アルドの補修された盾だった。
「来るぞ!」
アルドが前へ出る。
ガァンッ!
巨大な顎が盾へ噛みつく。
白い光が走った瞬間、亀裂を塞いでいた補修金具が溶けるように鱗側へ吸い込まれた。
「接合部を食ってる!」
ロッテが叫ぶ。
「アルド、捨てて!」
アルドは盾を手放し、後ろへ跳ぶ。
鉱竜が噛んだ部分は、白く滑らかな一枚板へ変わっていた。
修理箇所も交換部も消えている。
ロッテの顔が険しくなる。
「最悪。継ぎ目を消してる。あれじゃ壊れた時に交換できない」
ドルガも歯を食いしばる。
「完成品みてえに一枚へ固めやがる。鍛え直しもできねえ」
レイルは胸の白環を見た。
「白環らしいやり口だな」
壊れたものを正しい一つへ戻す。
違いも、補修跡も、交換する余地も消す。
それは強固に見えて、壊れた後の道がない。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
鉱竜が尾を振る。
ゴァンッ!
岩壁が削れ、飛んだ礫をセレネの光壁が受ける。
「通常の上級魔法なら装甲を削れます。ただし、坑道内では崩落危険が高いでしょう」
ノアが白環媒体を読む。
「出力を上げれば胸部まで届く可能性はあります」
レイルは短杖を構えた。
「上げない」
「では?」
「条件を先に作る」
セレネがすぐ理解した。
「【誘発重層】ですか――」
「うん」
リィナが剣を抜く。
「また難しいやつ?」
「三秒だけ待って」
「三秒なら待つ!」
レイルは【誘発重層】を始める。
第一層、流れ。
始動。
鉱竜の胸部へ通る熱と魔力の逃げ道を読む。
第二層、表面。
形成。
直接壊さず、乳白鉱物と元の鱗の境界だけへ微細な差を作る。
第三層、振動。
第四層、排圧。
第五層、射線。
第六層はまだ結着させない。
ノアが驚いたように笑う。
「魔法を六つ撃っているのに、一つも攻撃魔法ではない、なんという」
「最後に斬れればいい」
セレネが演算を更新する。
「右胸、境界線形成。リィナ、角度十三度下」
「分かった!」
リィナが踏み込む。
バシュッ!
脚部風圧で一気に距離を詰める。
鉱竜の爪が横薙ぎに来る。
ギィンッ!
【無終剣・返環】で受け、正面へ戻さず下へ流す。
そのまま斬り抜けない。王核大陸でのヴァルカの言葉が脳裏へ残っている。
全部抜き切る必要はない。
必要な長さだけ刃を出し、戻し、次へ繋ぐ。
キィンッ!
【継刃】が乳白鉱物の境界へ浅い線を刻んだ。
「入った!」
リィナが叫ぶ。
「でも浅い!」
「十分よ。戻って!」
レイルが第六層を完成させる。
結着。
ピシィッ――!
リィナの斬線から、鉱竜の胸へ細い亀裂が走った。
大魔法ではない。
それでも敵の装甲へ初めて傷が入った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
鉱竜が怒号を上げた。
ゴァァァァァッ!
胸の白環が一気に明るくなる。
周囲の廃線路、古い支柱、捨てられた採掘工具が地面を滑り、魔物の身体へ吸い寄せられた。
金属同士の継ぎ目が白く埋まり、体表へ巨大な装甲が追加される。
「成長してる!」
ロッテが叫ぶ。
「こいつ、修理跡を食うだけじゃない。接合そのものを取り込んでる!」
次に鉱竜の頭が向いた先。
レイルの【七環外導架】。
七つの部品。
七つの継ぎ目。
獲物としては最悪に目立つ。
『使用者、狙ワレテマス! めちゃモテ案件こわい!』
「嬉しくないぞ!」
鉱竜が地面を蹴る。
ドンッ!
その巨体が信じられない速度で迫った。
「レイルぅぅ!」
リィナの声。
アルドが盾を失ったまま前へ出ようとする。
その肩をノアが掴んだ。
「アルド。三歩下がりなさい」
「レイルが前だ」
「貴方の盾はありません。右腕も完全ではない。下がる、予備盾を取る、私の防壁内へ。今すぐです」
「まだ――」
ノアの声がさらに低くなる。
「返事は“はい”で十分です」
アルドは一瞬だけ目を見開いた。
「……はい」
「素直でよろしい」
フィアが横で記録する。
「ノア。満足傾向」
「戦闘中です!」
「記録は継続します」
「後で厳しく問い詰めてください!」
「喜ぶので拒否します」
その会話の間にも、ノアの99%防壁がアルドの前へ展開していた。
フィアが残り1%の隙間位置を読み、アルドへ予備盾の受け位置を指示する。
三人は、言い合いながら一つの防衛線を作る。
レイルは外導架へ魔力を通した。
鉱竜の顎が、背部欠環へ迫る。
ロッテが叫ぶ。
「そこは噛ませていい!」
「本当に!?」
「そのために作った!」
ドルガも続く。
「主芯を守れ! 背中は捨てろ!」
ガギィィン――ッ!
鉱竜の歯板が背部欠環へ噛みつく。
白光が走るより先に、安全破断爪が外れた。
バキィンッ!
背部環だけがレイルの身体から離れる。
鉱竜の顎が空を噛む。
ロッテが拳を握った。
「予定破断よ!」
ドルガも吠える。
「次は左腕だ! 主芯まで持ってかせるな!」
壊れた部品は終わりではない。
レイルは落ちた背部環へ魔力線を繋ぎ直す。
地面へ突き刺さった欠環が、その場で外部導出端として光った。
ニアの表示が更新される。
『外部端、身体カラ1.8メートル。接続維持!』
レイルは息を呑んだ。
(離れても使えるわけだ)
強くなるほど、装備を身体へ増やすのではない。
身体から離していく。その未来が、一瞬だけ見えた。
だが、鉱竜はまだ止まらない。
胸の白環がさらに開き、坑道全体の金属が震え始める。
フィアが声を上げる。
「退路変形。南坑道、三十秒以内に閉塞可能性」
ミレアが即断する。
「ここで終わらせます。長期戦は禁止。レイル、肩の炎症が上がっています」
「分かった」
レイルは答えた。
今度は、分かったと言いながら無視する気はなかった。
「次で決めるぞ――」