召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
物部かすみ、神室霊華の助手になる (後編)
神室霊華の式神の召喚を手伝っている間に、どうやらこの日最後の顧客がやって来た。神室霊華が玄関でその人物に声を掛けようとした時、咄嗟に身構えた。今日は1人で来ると聞いていたが、まさかこうなるとは。だが、こういう事態は常に想定していたので、神室霊華は、平静を装いながら
「ナラモト様ですね?」
と尋ねた。尋ねられた本人は
「はい、ナラモトです。
夜分にお時間を頂戴し申し訳ない」
と神室霊華に対し夜遅くの対応に先ずは謝罪した。そんな様子を暗がりの中で眺めていた物部かすみは、「えー、あの人って、今人気のバンドのボーカルとちゃう?」と呟いたが、それよりもかすみもその異様さを直ぐに見て取った。そう、そのナラモトの背後からもう一人女性が一緒に入ってくる姿を。一見、同伴者と思うようなさり気ない出で立ちと佇まいだが、かすみと神室霊華は、その女性がこの世の者ではないことが直ぐに分かった。そしてこの女性の霊体はかなり強い霊力を持つことも。「でも、霊華さんは最後の顧客も降霊術だと言ってたけど」と少し心配になるが、神室霊華であれば十分対応できると考えていた。そして神室霊華の先導で、ナラモトは降霊室に入って行った。その後かすみがお茶と茶菓子を持ってやって来て、テーブルに置いてから部屋を出て行ったが、少ししてから神室霊華はナラモトに今日の訪問の内容を確認した。
「ナラモト様、今回はどなたかの霊を降霊したいと
承っておりますが、それでお間違えないでしょうか?」
「はい、そうです」と言って、持ってきた鞄の中から、品物を包んだ袋を神室霊華に渡した。そして神室霊華はそれを畳の上に置いて袋から中身を取り出した時、ナラモトに憑りついていた霊体が突然動き出した。突然のことで神室霊華は少し油断したが、直ぐに降霊召喚門を展開することで事なきを得た。だが、この霊体は一体何に反応したのだろうか?それよりも、この霊体を何とかしないといけないと思い、先ずナラモトに霊視グラスを渡した。そしてそれをかけてもらった途端、目の前の霊体にビックリして、椅子からずり落ちて尻餅をついてしまった。そして、
「み、み、美加子か?」
と何時もの落ち着いた低音ではなく、かなり慌てた様子で叫んだ。そして更に突然、もう一体の霊体が召喚された。神室霊華が設置した降霊召喚門は、何時も霊体を呼び出すことを念頭に設置しているため、彼女は無意識のうちにお出迎えに設定していたのだ。その結果、その降霊召喚門が袋の中身に反応したようだ。そしてこの時、ナラモトは更なる衝撃に見舞われた。
「お、お、お袋!?」
どうやらナラモトが持参した品物は、彼の母親の遺品だったようだ。しかしこの2体の霊体は一体どういう関係なんだ?とりあえず、2体の霊体はお互いに睨みあうかのように降霊召喚門の中で佇んでいる。尤も後から召喚されたナラモトの母親の霊体は、偶々そちらを見ているだけのような印象を受けるのだが。それよりも、ナラモトに正気に戻ってもらい、何が起きたのかを説明してもらう必要がありそうと判断した神室霊華は、ナラモトの後ろに移動し、彼の両脇に腕を差し込んで、念のために彼を降霊召喚門から少し離れた所に引き摺って移動させた。そして、ナラモトに対し、あなたの背後にはあの女性の霊体がずっと付き纏っていたことを話した。そしてこの場の状況を収拾するには、ナラモトの助けが必要な事を訴えた。ナラモトは、2体の霊体に怯えて体の震えが収まらず、歯の根が合わないながらも何とか次のような事を語りだした。
彼の目の前に現れた強い霊力を持つ女性、中浜美加子とナラモトは10年近く同棲していた間柄である。そしてナラモトは中浜美加子と結婚を決意し、その報告を彼の実家で母親にしたところ、なぜか母親が猛反対したという。理由はよく分からないが、家柄とか水商売女がとか、兎に角酷い言葉で中浜美加子を罵ったという。確かに中浜美加子は、昔ナラモトがバンド仲間とよく通っていたスナックで働いており、その時の縁でナラモトと一緒になって同棲するようになったのだった。ところが、中浜美加子はよもや猛反対されるとは思っていなかったものの、それでもナラモトは自分を守ってくれると信じていた。ところが、
「俺は、お袋の方を選んじまったんだ。と言うのも...」
ナラモトは母子家庭で育ち、苦労して自分を育ててくれた母親に反発することが出来なかったという。
「それでも、俺は美加子を愛していたから、
彼女を守るべきでもあったんだが...」
それが出来なかったようだ。理由は語られないが、そのせいで中浜美加子は心を病んでしまい、
「美加子は、昨年末に俺のマンションの部屋で
首を吊ったんだ」
その頃にはナラモトと中浜美加子は別れていたらしいが、中浜美加子は合鍵を持っており、それを使って彼の部屋に入り、そこで首を吊ったということだ。神室霊華は、この間黙ってナラモトの話に耳を傾けていた。だがやはり気になることがあり、ナラモトに尋ねた。
「ナラモト様、中浜美加子さんが亡くなられてから、
あなたご自身の身の回りで何か不幸とか
事故などはありませんでしたか?」
神室霊華は、中浜美加子の霊体がナラモトに憑りついている以上、何かしらの霊障はあると睨んだのだが、果たして、
「ええ、神室様、今年の3月にですね、
お袋が突然亡くなったんです」
そして今回訪れた理由は、丁度ナラモトの母親の49日にあたり、それでもう一度母親と話がしたいと思ってやって来たということのようだ。たが、彼の母親の突然死は、恐らく中浜美加子の霊体が絡んでいるのは間違いないと神室霊華は睨んでいた。それは、今のこの霊体同士の反応から明らかである。だがそうなると、どのように解決に向けて導くべきなのだろうか?残念ながら神室霊華にはその経験がない。玲とかすみから降霊召喚術を学ぶ以前の神室霊華は、憑りついた霊体を有無を言わさず除霊していたが、実は簡単に除霊できないケースが幾つか存在した。そのような場合は、自身の身を清め心を無にするための準備を何時間、場合によっては数日間行い、そして霊体を一度自分に憑りつかせてから除霊するという、実は極めて危険な方法を執っていた。勿論並みの霊能力者が同じような事をすると、間違いなく憑りつかれたまま命を落とすことになるだろう。そして当時の神室霊華の除霊でも、今のこの状態を収拾できるかと言われると、「無理です」と即答するだろう。まず中浜美加子が自分に憑りつくことは無いからである。そうなると、どうしたら良いのか、神室霊華は判断に迷ってしまった。
だがそんな時、隣の部屋で待機しているかすみを思い出し、神室霊華はナラモトに「すぐに戻ります」と言って部屋を出て行った。当然、1人で部屋に残されたナラモトは、恐怖と不安で今にも泣き出しそうになったが、神室霊華がかすみを連れて直ぐに戻って来たことで、少し安心したようだ。だが、神室霊華が連れて来た隣の女性は何者なのだ、まさかこいつも幽霊か、と思うと、再び不安と恐怖心に包まれようとしたのだった。そんなナラモトの様子を見て取ったかすみは、まずは神室霊華から何が起きたのかについての事情を聴いた。だが、残念ながら、かすみもこういう案件を扱ったことはないので、どう対処するかを考えていたが、
「ナラモトさん、私は神室霊華さんの友人で
霊能力者の物部かすみと言います」
と先ずは不安と恐怖心に包まれた目でかすみを見つめるナラモトに対し、かすみは自己紹介した。そして、
「先ずはどちらかの霊体を一度霊界に
送ることになります。
私の考えでは、あなたのお母さまに
一度霊界にお戻り頂いて、
それから改めて美加子さんの霊体とあなたが
直接話し合うべきかと考えます」
もしそうしないと、恐らく中浜美加子の霊体はあなたからは離れようとしないだろうと警告した。ちなみに、母親の霊体は、その後でも呼び出して対話することは可能であることを説明した。ナラモトは、兎に角この事態が早く収拾されるのであれば幾らでも協力する、と叫びながらかすみに訴えたので、かすみは神室霊華にお見送りをお願いした。勿論これで全ての霊体が霊界に送られれば問題は解決だが、当然のことながら中浜美加子の霊体はそのまま降霊召喚門の中に残り続けた。さて、後はこの霊体をどのように説得するかであろう。先ずは、この霊体の要求を聞くべく、かすみは神室霊華にお願いすることにした。神室霊華は「分かりました」と頷いて、中浜美加子の霊体との対話を始めた。
「中浜美加子様、私は神室霊華と言う霊能力者です。
あなたが成仏されずにこの世に残り続けている理由を
お聞かせください」
「・・・智輝といたい」
とはナラモトの本名であり、戸籍上の名前はとなる。そして中浜美加子の願いはナラモトと一緒に居たいということのようだ。となると、これは霊体として彼に一生憑りついていく、という宣言に他ならない。そして、中浜美加子の言葉はナラモトの耳にも届いており、彼に一生付き纏うと言われたことで、彼は半狂乱になってしまった。だが、
「ご、ゴメンよ、美加子。
君がどれだけ苦しんだかも知らず。
俺が一番愛した君を最後まで守れなくて、
本当にゴメンよ!」
と土下座するようにりながらも、中浜美加子の霊体に対し謝罪し続けた。そしてそんなナラモトの姿を、中浜美加子の霊体は冷たい眼差しで見つめているように感じた。
ところで、かすみは一つ気になったことがあり、それをナラモトに尋ねた。
「ナラモトさん、美加子さんのご遺体は
その後どうされたんですか?」
ん?美加子の遺体?
「そ、そう言えば、彼女は両親も兄弟も居なくて、
結局彼女の実家近くの寺に祀ってもらったんだが」
「私の考えでは、恐らく彼女の遺骨や遺灰を加工して、
例えばペンダントにしたりして、
それをあなたが身につければ、
それで彼女の願いは叶うのではないかと思います」
かすみは、中浜美加子の霊体にこのことを伝えた。すると、
「・・・うん、それでもいいよ」
と少しだが和らいだ表情で中浜美加子は答えた。だが、少なくとも、それが出来るまでは、残念ながらナラモトは中浜美加子の霊体と一緒にいることになる。それについて、ナラモト本人がどう思うのか、かすみは尋ねると、
「あ、ああ、元はと言えば俺が蒔いた種だ。
だから美加子に憑りつかれても文句は言えない。
それに、他の幽霊だったら正直怖くて仕方ないが、
美加子だとわかると、何だろう、
少し安心するんだよな」
とかなり前向きと言うか、ナラモトの精神がかなり安定して来た様子が見て取れて、これには神室霊かもかすみも一安心した。なお、中浜美加子の霊体がきちんと成仏出来ない限り、ナラモトは母親との対面は出来ないことを神室霊華は伝えた。当然、ナラモトもそのことは分かっていたようで、神室霊華が降霊召喚門を解除して中浜美加子が再びナラモトに憑りついた時も、特に慌てることなく、しかもなぜか嬉しそうな表情になったことに神室霊華は気づいた。その後、神室霊華はナラモトから霊視グラスを受け取るが、「この眼鏡借りてること出来ないか?」と問われた。勿論、それを貸すことは出来ないため、仕方なく、と言うか渋々返却したことは、もしかして、と疑わずにはいられなかった。その後、神室霊華はナラモトに母親の遺品を返そうとするも、彼は「すいません、神室様、それをそちらで預かって頂くことは出来ますか?」と聞いてきた。どうやら、その遺品があることで、また一悶着起きるのではと危惧したようだ。そこで神室霊華は、「分かりました。こちらの品はお預かりします」と言ってそのまま降霊室に置かれて、彼を玄関まで見送りに行った。
「はぁ~、めっちゃ疲れたわ~」
とかすみは神室家のリビングのソファーでぐったりしてそう呟いた。神室霊華はお盆にビールとツマミを載せて、かすみの所にやって来た。そしてグラスにビールを注ぎ、お互いに「今日はお疲れ様!」と言ってグラスを当てて一気に飲み干した。
「ぷはぁ~。やっぱ、
仕事の後のビールは格別でんな~」
とまたもやおっさんが入り込んだかすみである。神室霊華も「そうですね。この一杯の為に仕事している感じですよね」と同意した。尤も、かすみのようにおっさん化することなく、そこは名家のお嬢様の佇まいのままであるが。
「しかし、最後のあの件は、恐らく...」
とかすみは言いかけたが、その後は口にすることは無かった。神室霊華も、その後の言葉は容易に想像できたので、聞き返すこともなかったが。それよりも、
「でも、流石師匠ですね。
私はかなりパニックになりました」
とかすみを持ち上げるが、
「いやいや、霊華さんも少し落ち着けば、
絶対対応出来たから、
心配しなくても大丈夫だけどね」
と神室霊華をフォローすることは忘れない。確かに、いきなり別の霊体が召喚されると、頭の中が混乱してしまう。だが、冷静に観察すれば何のことは無い、後から出てきた霊体は遺品に対して召喚されただけなので、そのままお見送りすれば問題はなかったのだ。そしてかすみは、
「いつもね、玲が私に言うのよ。
『無理はするな。何時も冷静でいること。
それが出来ればどんな問題でも対応出来る』
とね。私もそう思って、常に冷静でいる事を
心がけようとしているの」
とかすみにしては珍しく至極真っ当なアドバイスを神室霊華に贈った。そんなかすみのアドバイスを、神室霊華は真剣な表情で聞き入っていた。そして、
「なるほど、玲さんの言う通りですね。
でもそんな玲さんの言葉を、
何だかんだとかすみさんはちゃんと
覚えておられるのですから、
やはり玲さんのことが好きなんですね」
と言われたことで、かすみはなぜか動揺して、
「は、はあ?そ、そんなことないですよ。
あのおっさん化した玲に対してね、ははは」
と言うが、赤くなった顔がそうではないことをしっかり伝えていた。ほんと、分かり易い方ですね、師匠は。そんな感じて2人で話し込んでいたが、時刻はもう直ぐ日付が変わる頃である。明日は、神室霊華と都内に向かい、午前中はショッピング、午後から何やら霊能力者の集会があり、それに参加するということでかすみもついて行くことにした。そこで、その場で神室霊華とは別れてかすみは離れに向かった。渡り廊下を渡っていると、庭の方から時折吹いて来るそよ風がかすみの頬を撫でた。それが思いのほか気持ち良かったので、かすみは欄干にれて、月明かりに照らされた夜の庭園を暫しの間眺めていたのだった。