召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
物部かすみ、親友の結婚式に参加する (後編)
新郎と新婦が退場してから10分程経過しただろうか、何やら会場の外からやって来たスタッフが司会者の所に来て耳打ちしだした。それから何やら新郎の大学時代の友人たちがスタッフに呼ばれて席を外した。一見、この後で何か出し物をするための準備かと思われなくないが、彼らの表情を見ていたかすみは、その顔に驚愕の表情が現れたのを見ていた。もしかして、遂にあれが動き出したのか?もしそうなら、新郎に何かあったということだろうか?もしそうであれば、彼らのその表情は腑に落ちるのだが、同時に希美に何か危害が及ぶのではないかと懸念を抱いた途端、かすみは全身から血の気が引くのを感じた。あかん、こうしてはおられへん、と言うことでかすみは突然立ち上がって、バッグを持って会場出口に向かって駆け出した。かすみの後ろから、「かすみ、どないしたん?」と京香の声が届くが、それを無視してそのまま会場を後にした。
会場を出たかすみは、直ぐに控室に向かった。と言ってもかすみは控室が何処か分からないのだが、ある方向に視線を向けると、そこに人が集まっているのが分かった。多分あそこが控室だろうと推測し、そちらに向かって走り出した。だが残念ながら通路が人で一杯のため、その先を確認することが出来ない。仕方ない、近くの人に何があったのか尋ねてみたが、新郎の大学の友人と言う彼は、スタッフに呼ばれてやって来たものの、どうやら何が起きているのか分からないという。ただ、新郎が何か揉めているのか、大声で怒鳴る声が聞こえたのだとか。勿論今は何も聞こえないが、そのうち前方から「キャー」と言う女性の叫び声が通路に木霊した。希美が襲われたのかと不安になるも、声からすると希美ではなさそうだ。やがて、通路に集まっていた人たちが一斉にかすみの居るロビーの方に向けて逃げ出してきた。そしてかすみの目に飛び込んできたのが、血走った目で何かを睨み付ける新郎であった。そして彼の手には小ぶりのナイフが握られており、その何かに向かってナイフを突き出していた。恐らく控室に用意されていた果物ナイフだろう。そしてかすみは、そのナイフの先にあの霊体が冷たい眼差しで微笑んでいるのを目にした。霊体は新郎をるのかあるいは遊んでいるのか、微笑みながら右へ左へナイフを回避しつつ、かすみの目の前を通り過ぎてロビーを進んで行く。一方で、かすみ以外の者達には新郎が何をしているのかが分からず、突然ナイフを持って暴れ出した新郎をただ茫然と見守るしかなかった。
その時、かすみの背後から「純也!!」と叫ぶ声がかすみの耳に届いた。振り返ると、ワインレッドのカクテルドレスに身を包んだ希美が心配そうに佇んで叫んでいた。かすみは、新郎から目を離さずに希美に近づき、彼女に何が起きているのかを話した。希美はかすみの手を握り締めて、「彼を助けられない?」と必死の形相で尋ねてきた。そこでかすみは、とりあえず霊体の周りに降霊召喚門を設置した。するとその霊体は突然身動きが出来なくなったことに困惑の表情を浮かべた。と同時に、降霊召喚門を設置したことで、その実体が周りの人たちの目に見えるようになったが、これには当のかすみが驚いてしまった。普通の霊体の場合、霊視グラスを通さないと見ることが出来ない。あるいは怨霊や悪霊と言った霊力の強い霊体であれば、稀にその実体を肉眼で見ることが可能である。だがかすみは、この霊体からはそのような強い霊力を感じ取ることができない。にも拘らず、その実体を目にすることが出来た。そのためかすみは、一体目の前で何が起きたのか分からず、非常に困惑していたのだった。その時、近くに居た新郎の友人達が、驚いた表情のまま口々に、「あれって、珠代じゃないか?」と話し出した。その中の1人にかすみは、その方は亡くなられたのかと尋ねた。すると、
「いやいや、彼女生きてますよ、ただね」
最近、交通事故で怪我を負い、今は入院中だという。ちなみにかすみにこの話をしている男性は新郎の大学時代の友人であり、その彼の彼女がその女性の親友であり、その彼女から直接聞いたというので間違いはない。その時、かすみは強い衝撃を受けるとともに、今まで感じていた違和感の正体がこれだったのか、と言うことで全て腑に落ちた。かすみの目の前の女性は、であった。そして話を聞くにつれ、その女性は新郎の藤堂純也とは大学時代からの恋人同士であり、将来は彼と結婚することを夢見ていたというのだ。ところが、就職してから藤堂純也は沢田珠代と別れて、村上希美と付き合うようになったという。その経緯が
「どうも、あいつ、
結構エグイことしてたんだよな」
と言うのだ。どういう事かと言うと、藤堂純也は沢田珠代から金を無心していたらしい。それも生活に困ったからではなく、単に遊ぶ金が欲しいからだという。そして就職してから、希美の実家が高級外車の販売店を幾つも経営している資産家の娘であることを知ったことで、希美に乗り換えたというのだ。この話をかすみと共に聞いていた希美は、余りにも強い衝撃を受けたためか、その場で気を失って崩れ落ちるように倒れてしまった。かすみは急ぎスタッフに声を掛けて、彼女をどこかで休ませるように指示を出した。その間、藤堂純也は何やら喚き散らしながら、執拗に沢田珠代の生き霊に向けて威嚇攻撃を仕掛けているが、相手が霊体であるため、何をしても素通りしてしまう。だが今の藤堂純也には冷静な判断が出来ないようで、彼の両親が必死になって止めるように叫んでも彼の耳には全く届かない。そしてかすみはと言うと、玲に電話をしている最中であった。
[もしもし、玲、ゴメン緊急事態なんよ]
と言うことで簡単に事情を説明した。そして玲は
[そっか、生き霊か、それは全く想像できなかったな]
であるが、かすみの懸念は生き霊を霊界にお見送りして大丈夫かどうかである。これに対し玲は
[それは分からないけど、場合によっては
生きている本人の寿命か生命エネルギー
みたいなものが削られる危険性はあるな]
と言うことのようだ。こうなると何時もの様に霊体をお見送りすることは諦めざるを得ない。もし彼に全く非が無く生き霊に問題があれば何のいもなくかすみはお見送りしただろう。ところが彼らの関係を知り、むしろ生き霊の方に全く非が無いことが分かると、それを霊界に送るのは非のない女性を傷つける行為になると考えた。とりあえずかすみは、玲にお礼を言って電話を切った。その時、会場の外での異変を知ったかすみの親友たちが現場に駆け付けて、かすみと共にその場の様子を見守っていた。そしてかすみは、彼女達に事の経緯を簡単に説明した。すると、京香が
「かすみ、あれ、どないすんの?」
と聞いてきたので、かすみは、「あの生き霊に非はないから、そのままにするよ」と言うのだ。3人は「うん、やっぱそうだよな」と頷いて納得した。
とりあえずこの事態を鎮静化させるために、かすみは少し離れた所で今まさにこれから生き霊に飛び掛かろうとしていた藤堂純也の足元にトラップを召喚し、彼の動きを封じた。藤堂純也は突然何かに足元をすくわれて倒れ込み、しかもかすみのトラップにより足に激痛があったようで、大声を出して泣き叫んだ。と同時に、手にしていたナイフは明後日の方に転がっていったので、これで少なくとも彼がナイフを持って暴れるのを防ぐことは出来た。周りで事の成り行きを見守っていた人達は何が起きたのか分からず茫然としていたが、かすみはそんなギャラリーは無視して、生き霊に向かって進んで行き、
「沢田珠代さんですね。
私は霊能力者をしてます
物部かすみと言います」
先ずは自己紹介をした。そして、自分は本来あなたのような霊体を霊界に送り届けるのを仕事にしていることを伝え、しかし沢田珠代と藤堂純也の関係を理解したことで、沢田珠代の生き霊を霊界に送ることはしないと伝えた。その代り、何を要求するのかについて尋ねた。すると、
「・・・この男に奪い取られた
私の財産を返して欲しい」
と言うのだ。幾らくらいなのかを聞くと、総額千万円というのだ。この話を耳にした周りのギャラリーは、まず幽霊が喋ったことに対する驚きと恐怖を感じ、やがてその背景にある男女間の金銭トラブルを知るに及び、藤堂純也に対する軽蔑の眼差しを増したのだった。そして当の本人である藤堂純也は、傷みで苦しみながらも必死で「嘘だー、そんな幽霊の言うことを信じるのか、みんなー!」と叫んでいたが、ギャラリーの中から現れた希美の父親が、藤堂純也に向かって「藤堂さん、この話は本当なのか?」と尋ねた。藤堂純也は必死の形相で「違います。この女が嘘をついてます」と言い張った。その時、先程かすみに真相を聞かせてくれた彼の友人が前に進み出て、
「藤堂、もういい加減にしろよ!」
と言い出した。そして、かすみに語ったことを希美の両親、そして周りのギャラリーに向けて話し出した。ところで、なぜこの友人は沢田珠代と藤堂純也のことを話そうとしたのか?それは彼の恋人と沢田珠代の友情の厚さを知っており、出来れば藤堂には沢田珠代のことをきっちり清算したうえで希美と結婚して欲しいと願っていたのだ。だが、結局藤堂純也は彼の思いを無視してしまった。この友人の話を聞いたことで、藤堂純也の父親が前に進み出て、生き霊の沢田珠代に向かって、「沢田さんと仰いましたか、私はこの男の父親です」と名乗り、あなたが奪われた財産は、私たちがしっかり弁償すると約束した。
その時、控室に向かう通路から意識を取り戻した希美がふらつきながらやって来た。そして、かすみの傍で立ち止まってかすみから事情を聴いた。その後、先ず沢田珠代の生き霊に向かって、あなたのことを知らずにこの男と結婚しようしたことに対しまず謝罪をし、そして、
「すいません、藤堂さん、
この結婚は無かったことにしてください」
と毅然とした表情でそう告げた。希美の傍にやって来た彼女の両親は「希美、それでええのか?」と尋ねたが、希美は力強く頷いた。そして、
「皆さん、お忙しい所私たちの為に
足を運んでいただきましたのに、
このような失態を演じてしまい
大変申し訳ありませんでした」
と深々とその場で頭を下げて謝罪した。続けて
「なお、本日皆様方から頂戴しました
ご祝儀に関しては、
後程きちんとお返しします。それと」
当然お詫びと言うことで、倍にしてお返しします、と言うのだ。これには、流石に周りの人達から「希美さん、そこまでしなくても良いですよ」と言われるが、やはり希美としてはこのままでは自分の気持ちが収まらないようで、是非受け取って欲しいと強く言われたため、結局希美の申し出を受けることにした。そして最後に、
「沢田さん、私もあなたのお陰で
吹っ切れました。有難うございました」
と頭を下げてお礼を言った。後日かすみ達が希美から聞いた話では、どうも藤堂純也の金の使い方が気になったようで、一抹の不安があったらしい。勿論、付き合い始めた頃も数万円ほどだが金の無心をされたことがあるという。
「まあ、あれは、殆ど病気ちゃう」
と希美は笑ってかすみ達にそう言うのだが、その笑顔にはまだ幾分か陰りが見えたのをかすみは見ていた。まだ少しだけど引きっているんだな、と感じたのだった。
さて話は元に戻るが、その後かすみは降霊召喚門を解除した。すると、沢田珠代の生霊がかすみに「有難う」と言いながら姿を消していった。そして藤堂純也だが、まだ何やらぶつぶつ言いながら、己のやって来たことを否定し続けていた。そしてそんな彼を見放すように、1人また1人とその場から立ち去る姿が見られ、最後には藤堂純也とその両親、村上希美とその両親、そしてかすみ達の高校からの親友グループだけがその場に残った。
「かすみ、うちらもそろそろ
引き上げへん?」
そうやね、と言うことで彼女達も希美に声を掛けてからその場を後にした。その後両家の間で何が話し合われたかは定かではないが、結局結婚式はその後中止となり、参列者達はご祝儀に加え希美が何かの為に用意していたお金を受け取って、三々五々帰宅して行った。かすみも受け取って欲しいと希美から言われたが、かすみは
「希美、それはまた今度皆で
飲みに行くときに使ってな」
と言って受け取らずに会場を後にした。「はぁー、何かめっちゃ疲れたわ」と思わず愚痴を零したかすみだが、この後、京香、明日香、そして美鈴と4人で「飲み直しや!!」と言って駅前の地下街にある居酒屋に皆で飲みに行ったのだった。