召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
神室霊華の異世界探求録1の巻 (前編)
物部かすみが廃施設の探索に向かう一方、最神玲と神室霊華は、神室霊華の運転する車でもう一つの心霊スポットである廃工場に向かっていた。車内で神室霊華は、助手席の玲に対し、
「師匠があの人数の人達を一人で世話するの
大変じゃないでしょうか?」
と心配そうな表情で疑問を口にした。それに対し玲は、
「まあ、かすみの場合、油断せず、
1人突っ走ることが無ければ
多分大丈夫ですよ」
落ち着いて行動すれば大丈夫だろうと伝えた。実際は、油断して霊に憑りつかれるという失態をしでかしていたのだが、この時の玲と神室霊華はそれを知る由もなかった。それから2人は他愛もない世間話をしていたが、実は神室霊華は玲と2人きりでこうして長時間一緒に行動することは初めてであった。そのためか、内心ドキドキしながら運転してていたのだが、勿論そんな素振りは全く見せないように注意はしていた。そして、
“師匠は何時もこうして2人きりで
出掛けたりしてるんですよね”
とかすみのことが少し羨ましく思っていた。そんな神室霊華の思いを乗せた車は、暫くして目的地である廃工場に到着した。
玲と神室霊華、呪いの動画のスタッフ達、そして心霊サークルの学生たちは、雲一つない青空の下、近くの雑木林に群生するクマゼミの大合唱による歓迎を受けながら、目的地である廃工場の駐車場にてミーティングを行っている。この廃工場、いわゆる工場建屋の中で旋盤などを使って何かの部品を作るような工場ではなく、実は小規模なバイオマス発電所である。ただし、発電に必要なバイオマス燃料の生産もこの施設内で行っているので、そう言う意味では発電所兼燃料生産工場と言ったところだろうか。なお、発電所もバイオマス燃料工場も全て2階建ての一つの建屋の中に収容されているため、建屋から建屋への移動などの必要はない。従って、余程のことが無い限り迷子になることは無いと思われた。だが、
「実際、この工場に肝試しで訪れた若者達が
何人も行方不明になっているようです」
と今回の廃工場探索チームの総責任者である呪いの動画のディレクターのは、まずそのような事実があったことをその場の全員に伝えた。しかも驚くことに、行方不明事件はこの工場の操業中からあったらしいのだ。そのため、従業員は恐怖と身の危険を感じて次々にここを離れてしまい、その影響で操業できなくなり廃業したというのだ。そうすると、何かしらこの土地に因縁などがありそうに思われるのだが、
「もし土地に問題があれば
操業開始時から起きても
おかしくないのですが...」
どうやら藤波の聞いた話だと、廃業する1、2年程前から始まったということらしいのだ。そうなると土地の因縁説よりも別の要因が考えられる。だがここであれこれ考えても意味はなく、その原因を調べるために来ているようなところがあるので、先ずは誰が何処に向かうかを決めることにした。基本的には霊能力者である玲と神室霊華が引率することになるのだが、心霊サークルの学生はほぼ真っ二つに分かれた。玲のことを知る上級生達は玲の能力の高さを熟知しているため、迷わずに玲と行動を共にすることを選択した。一方、新入部員達は玲の能力を知る術がなく、どちらかと言うと今までの実績の高さと知名度から神室霊華と行動を共にすることを選択した。後は呪いの動画のスタッフだが、玲はディレクターの藤波と、神室霊華はリポーターのケイとそれぞれバディを組むことになった。そして藤波が「では、行きましょうか」と言って、それぞれの探索場所に向かおうとした時、玲は藤波に「すいません、少し待ってもらえますか?」と断りを入れてから神室霊華を呼び寄せて2人だけで相談を始めた。その時、神室霊華の表情がかなりの緊張を帯びた様子が他の者達にも分かるくらいに伝わった。それから、神室霊華は自分の召喚の書を手元に出し、そこに玲が何やら記述し始めた。神室霊華は「本当に、大丈夫でしょうか?」と心配そうに玲に呟くが、玲は「かすみもぶっつけ本番でやってますし、1、2回であれば全く問題ないですよ」と笑顔で応じたので、神室霊華も少しは安心したようだ。そして、
「まあ、それを使わないに
越したことはないけど、
無いよりかはあった方が
絶対ましなので」
お守りと思ってください、と言って、玲は神室霊華を励ましつつ「お待たせしました」と藤波に伝えて、2人並んで事務棟にある正面玄関から中に入って行った。そしてエントランスホールで玲と神室霊華が何処に向かうかの最終確認を行い、それぞれの方向に向けて探索を開始した。
神室霊華が引率する一行は、カタカナの「コ」の字に似た建屋部分の調査がメインとなる。建物自体は2階建てのため、順番に1部屋ずつ見て周っても歩き疲れるなどと言う心配はなさそうである。だが、この施設の特性上、所々で腐臭が鼻を突くことがある。これはどこからか侵入した野生動物の死骸が放置されているというよりも、バイオガス発電で使われるバイオガス、その原料から発した匂いである。バイオガスは、生ごみや家畜の糞尿、あるいは下水汚泥などから作られるが、この地域は黒毛和牛や有名ブランド鶏卵の産地として有名な事から、この施設のバイオガスは家畜の糞尿などが主な原料になる。そしてこの施設が稼働中であれば、常に空調設備がフル稼働するため、事務棟に匂いが漏れる心配はないのだが、今は操業も停止して10年以上経ち、その間少しずつ腐臭が建屋全体を覆ったようだ。尤も、次第に鼻が慣れるようで、腐臭自体を気にすることもなくなるのだが。
神室霊華の一行は、最初は一部屋ずつ丹念に見て周ったが、特に何かしらの怪異を目撃することがないため、次第に入口から覗いて確認するだけ、と言う感じになって行った。尤も、殆どの部屋には事務机や椅子以外何もなく、偶に段ボール箱に詰め込まれた書類があったりするが、中を見ても素人に分かる訳はなく、そのまま無視して次に進んだりした。
「神室様、何か幽霊とか
見えたりしませんか?」
と今はカメラのフレーム越しに神室霊華を見ている箕山ケイが、神室霊華にそう尋ねた。神室霊華は首を横に振り、
「いいえ、全く何も見えませんし、
感じないですね」
心霊スポットではない唯の廃墟にいる感じです、との感想を伝えた。実は玲もここに到着した時、神室霊華に
「神室さん、ここ、何か感じますか?」
僕は全く何も感じないんですよね、と笑いながら神室霊華に問い掛けた。神室霊華は、てっきり建物の影響で感覚が邪魔されていると思ったのだが、そうではなく中に入っても全く何も感じなかった。まあ、何も無ければそれに越したことは無いのだが、そうすると何かしらの怪異を期待してやって来た呪いの動画のスタッフや心霊サークルの学生達はガッカリするだろうな、と気の毒に思ったりした。そんなことを考えながら2階のある部屋に一行はやって来た。
その部屋は、今まで見てきた他の部屋とは明らかに異なり、エポキシ樹脂で塗り固められた少し色が褪せた緑色の床と壁に掛けられた鏡がある以外、室内に何も置かれていない。そしてその鏡も、「○○商工会議所寄贈」とあるように、地元の商工会議所がこの企業に贈った記念用の鏡である。そしてこの部屋は、会議室と言うよりも一見何かしらの展示をするための部屋かと思わなくもないのだが、神室霊華はこの部屋のある場所が気になった。
「箕山さん、あそこに扉がありますね」
と神室霊華が廊下側の入口から見て、丁度対角線方向にある扉を指差しながら、箕山ケイにそう呟いた。
「ええ、なぜここだけ
あそこに扉なんですかね?」
と箕山ケイも同意した。実は、この建屋内の部屋全てが建物の内側に直接面するように配されており、更にその内側に面する壁は配電設備や発電量の制御設備のある部屋を除き、全て嵌め殺しの窓ガラスで覆われていた。なぜそのような作りになっているかと言うと、常に内部に異常がないかを目視で確認することもあるが、それよりも見学者に対しこういった施設に興味を持ってもらいたいために、敢えて「見せる」工夫がされたためである。ただし、開閉式にすると建物内部に臭いが漏れ出てくるため、その点は嵌め殺しにせざるを得ない。そのような対応がされている他の部屋とは異なり、この部屋は神室霊華が指さした所に扉があるだけなのだ。まあ、あってはいけない訳ではなく、どこからか建屋内側のプラント部に出入りできるところは必要であると思われるが、それでも不自然感は拭えない。どうしたものか思案するがそこに結論が出る訳はなく、
「向こうの扉から出ますか?」
と、今は室内で動画の撮影をしている全員に対し神室霊華はそう提案した。特に反対意見は出ないので、神室霊華は意を決して反対側の扉に向かった。そして扉を開けると、
「......?? えっ? ここって...」
何時の間にか外廊下に戻っていた。神室霊華の後からその扉を抜けて外に出てきた学生と呪いの動画のスタッフ達は、皆一様に不思議な表情をしていた。「私たち、反対の扉から出たんですよね?何で廊下に出たんですか?」と不安な表情で一人の女子部員がそんなことを口にした。確かにその部屋は部屋の中心に対し点対称をしていたので、間違え易い作りである。それよりも、もう一度室内に戻れば分かる訳で、神室霊華はその扉から中を覗いた。すると、
「えっ!!」
と絶句したきり、何も語らなくなった。箕山ケイは神室霊華の後からカメラを持って中に入ると、やはり同じリアクションで固まってしまった。そこは先程まで自分達が居た部屋と何ら変わらないが、唯一反対の壁の所にあった扉が無くなっていた。確かにあそこに向かって歩いて行き、その扉を開けて部屋から出たら外廊下だったのだ。その扉が今はそこに見られない。神室霊華は念のため手元にスマホを取り出し、それで玲に電話を掛けようとしたが、表示は[圏外]となっていた。一応その場にいる全員に確認してもらうが、全員「圏外です」と答えた。これってもしかして...
「か、か、神室様!! わ、わ、私たちって、
ど、ど、どこか違う世界に
お、お、送られたんですか?」
と今にも泣き出しそうな表情で女子部員の子が神室霊華にそう訴えてきた。その学生だけでなく、その場にいるほぼ全員そのような表情で神室霊華を見つめていた。こんな状況だけど、神室霊華様ならきっと何かしらの対応をしてくださる、そんな期待の籠った眼差しを神室霊華は見て取った。本当は、神室霊華自身も誰かにそう訴えたかった。だが、やはりここは自分がしっかりしないといけないと自分に言い聞かせて、先ずは落ち着いて今の状況を確認することにした。こういう時に玲の言葉の意味することの重要性を再認識するのだった。「無理はしない。何時も冷静でいること。それが出来ればどんな問題でも対応出来る」と言う言葉を。そこで、神室霊華はまず一度建物の外に出て自分たちの乗って来た車があるかどうかを確認することを提案した。もしかしたら、この建物から離れることでこの怪異から逃れられないか、と言う淡い期待がそこにはあったのだが。その後玲達のグループが向かったプラント内部に行って、彼らのグループと接触できるかどうかを確認する、と言うことを提案した。そこで一行はまずは外にでることにした。
外に出た時、空はここに着いた時に見た雲一つない青空が広がっていた。だが、彼女達を迎えていたクマゼミの大合唱はそこにはなかった。そんな直ぐにセミの鳴き声は止むものなのか?誰しも口にはしないがそう感じていた。そして駐車所に目を向けると、正面玄関前に停めた車はまだそこにあった。「あー、良かった!」と一同一安心したが、念のため車に近づいて触れた時、
「えっ、う、うそ!...」
と神室霊華は絶句した。実は、神室霊華が触れているその車は、玲が召喚した魔改造車ではなく、ただの車になっていた。一応乗り込んでエンジンをかけると、この車独特の重低音を轟かせたエンジン音が耳に届いた。車としての機能は問題ないようなのだが、車との意思疎通は出来ない。そして、後部座席に置かれている弁当を入れた発泡スチロールの箱はそのまま残されている。これって、一体何が起きたというのだろうか?今にも途方に暮れそうになる神室霊華だが、ふとポケットに仕舞ったままのカフリングを思い出し、それを耳に付けて玲を呼び出せないか試してみた。すると、
「あっ、神室さん、どうしました?」
と玲の声が耳に届いた途端、神室霊華は「あぁー! れ、玲さん!!!」と歓喜の雄叫びを上げた。幸いエンジンを掛けているため、その雄叫びが外に漏れ聞こえることはなかった。そして、神室霊華は一旦エンジンを切り、少し落ち着いたところで自分達が別の世界に飛ばされたのではないか、と言うことを玲に話した。そして今は乗って来た車の中に居るのだが、その車は玲の召喚した車ではなくなっている点を指摘した。そして今自分達の居る場所では、クマゼミの大合唱が全く聞こえないということも伝えた。その時、玲が無言になったため、神室霊華はてっきり玲との通信が出来なくなったのか、と不安に陥っていた。だが、
「神室さん、恐らくその部屋ですか、
そこが特異点と言うか、
この建物の謎を解くカギになる所
みたいですね」
と言うことを神室霊華に説明した。それから神室霊華は、やはり不安からか
「玲さん、もし私たちが元の世界に
戻れなかったらどうなるんでしょうか?」
とそんな弱音を玲に吐露した。それに対し玲は、
「神室さん、僕も正直断言はできませんが...」
と言って一度言葉を切って、それから、
「僕が皆を絶対に元の世界に戻します。
ですから」
希望を捨てないでください! と強い口調で励ましの声を掛けた。これには神室霊華は、玲の優しさと力のこもった励ましが心に沁み込み、自然と目から涙が零れ落ちてきた。そして
「有難うございます、玲さん。
絶対負けません!」
と自分も力強く玲に訴えた。そんな時、車の窓ガラスをノックする音がしたので、神室霊華はポケットに仕舞ってあったハンカチで目元を拭いた。幸い、サイドウィンドウは濃紺のスモークが張られているため、泣いていたところを見られることは無かった。それから外に出ると、そこには箕山ケイが立っており、彼女から昼ご飯にしませんか、と言う提案がされた。それを聞いた途端神室霊華は、急に顔色を変えて「ダメです! この世界の物を一切口にしては駄目です!」と強い口調でその提案を拒否した。そして弁当の箱を開けていた学生たちに向かって、それを食べては駄目です!!、と大声で伝えた。流石は神室霊華を信奉する女子部員達は、彼女の言葉に直ぐに反応し、直ちに弁当の開封を止めた。そして神室霊華は皆を呼び寄せて、この状況を伝えることにした。
「まず、我々の世界の食べ物
以外の物を口にした場合、
体の中に後遺症が残る危険があります。
あるいは」
の言い伝えを引用して、元の世界に戻れなくる危険があることも伝えた。流石に心霊に詳しい者達が勢ぞろいしているからか、黄泉戸喫の何たるかは分かっているようで、しかもそれが自分達が持ってきた弁当でもそうなる危険性があることを知らせされたことで、全員背筋に冷たい物が走るのを感じて体が震え出した。それから、神室霊華は、
「元の世界に戻るには
先程のあの部屋に
向かう必要があります。
そして...」
そこでもう一人の霊能力者である最神玲の助けを借りて、元の世界に帰還します、と宣言した。だが、その場にいる全員、外部と通信できないことは手元のスマホを見ると明らかである。ではどうやって、玲と連絡を取るのか?と言う疑問が皆の中に湧いていた。これに対し、神室霊華は正直にこう答えた。
「直接玲さんに伝えることは
私にもできません。
ただし、霊能力者は異次元の者達の存在も
何となくですが感じることはできるんです。
後は...」
如何にして自分達がその痕跡を残して玲に感知してもらうか、ということになると説明した。勿論神室霊華を除く全員は、何とも頼りないか細い蜘蛛の糸にすがるしか助かる方法が無いように感じただろう。勿論この説明で納得できるわけではないことを神室霊華自身分かっているが、だからと言って何もしないよりかはもっともらしいことで少しでも希望が持てるようにすべきであると思っていた。そして、
「ここで考えていても始まりませんから、
とにかく行動しましょう!」
と皆を励まして先陣を切って建物の中に戻って行った。