召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
ロムリア探訪記: 出発前日
ロムリアにいるタチアナことセラスティナからの呼び出し予定日が数日内に迫った7月下旬のある日、最神玲は今か今かと待ち侘びながら毎日を送っていた。とにかく、いつあのプルプルが来るか分からないのが困りものである。しかも向こうの時間と地球の時間が必ずしもシンクロしている訳ではないため、数日の誤差は十分に考えられた。そんな少し緊張気味な状態で毎日を過ごしていた玲だが、流石に24時間緊張状態を続けることは出来ず、何時もの時間に寝て何時もの時間に起きるという生活を送っていた。だが、7月31日の未明、遂にその時が訪れた。
「ん、ん? ぶぉーーー!」
と玲が突然叫び出すが、その声は「おーー!」と叫ぶはずが「ぶぉー」となっていた。今彼の体はベッドの上で仰向けになったまま小刻みにプルプル震えていた。そんな状態でも早速玲はにくたまを召喚し、かすみを起こすように指示してかすみの部屋に送り込んだ。5分程すると、玲の部屋のドアが突然開き、かすみが
「れ、玲、遂に来たんか!?」
と大声で叫びながら玲の元に駆け付けた。そしてベッドの上でプルプルする玲の姿を見た途端、かすみはお腹を抱えて笑い出し、何時ものように玲を突っついたり、お腹の上に物を載せてそれが動く様子を見て面白がったりした。これには玲も、
「くぉ、くぉらー、くぁ、くぁすみー、
ぶぉ、ぶぉくで遊ぶぬぁー!」
と注意をするも、玲もまともに動けず喋れないため、今はかすみのやりたい放題である。そんなかすみが漸く飽きた頃、玲のプルプルは収まった。今は夜中の2時少し前である。そうすると後24時間後にはいよいよロムリアに召喚されることになる。果たしてこの召喚が上手くいくのかどうか、玲には全く分からない。それこそ自分の人生を掛けた大博打になる予感はするのだが、なぜかそこにはあまり緊張感がない。まあ、今の様にかすみに良いように弄られたお陰もあるのだが、それよりもタチアナとこの方法をあらゆる視点から調査しても問題らしい問題が見当たらなかったことから、もしこれでダメでも本望かな、とどこか達観しているところはあった。だが実際は駄目と思う気持ちはほぼゼロであり、絶対にうまく召喚されるということに今は掛けている。
さて呼び出しから1時間後、玲はサモナルド人の交流サイト、サモンズパラダイス、通称サモパラを通じて、ロムリアからの転移者宛に召喚のシグナルが遂にやって来たことを掲示板で伝えた。すると直ぐに、ゲラルド・エクセルガーとエレナ・ニールバウムから連絡が届き、どこから召喚されるのかを聞いてきた。玲は自宅の部屋を考えていたが、彼らとしては玲を無事に送り出したい気持ちが強いようで、結局タチアナの別荘にて召喚を待つことにした。そして来れる人は、フランス時間の明日の夕方にタチアナの別荘に集合と言うことになった。
ちなみに、かすみはと言うと、再び自分の部屋のベッドに横たわって夢の中である。玲もまだ召喚されるまで時間があり、やはりちゃんと休息はとるべきであると思い、ベッドに横たわることにした。尤も遂にこの日が来たのか、しかも時代は違うが何年振りかの故郷に帰れると言う興奮からなかなか寝付けなかったが、そのうち静かな寝息を立ててそのまま寝入った。
それから3時間程眠っていた玲は、目が覚めても何か不思議な感覚に捕らわれていた。どう表現したらいいかは難しいが、まずあのプルプルは夢ではないかと思っていた。だが立ち上げっぱなしのノートパソコンを見ると、メールが今や十数件来ており、その全てはロムリアからの残留組による玲の召喚に対する期待と無事を祈るものであった。それを見た時に、あー、あれは本当のことだったんだと思う訳だが、そんな物思いに耽っていた時、かすみも起き出したようで、玲の部屋の扉を開けて「玲、これからどこで召喚されるん?」と聞いてきたので、タチアナの別荘に向かうことを告げた。今日は金曜日のため、玲とかすみは何時もの神社での業務を行うことになっている。「出発当日くらい休んでもええねんで!」とかすみは玲に言うのだが、玲としてはむしろ何時もと同じことをしていた方が変に緊張しなくて気分的にも落ち着くことをかすみに伝えた。かすみも、「そんなもんなんか?」と思うも、玲がそう言うのであれば何時もの仕事を一緒にするだけであり、かすみとしても助かることであった。そして何事もなく定時を迎えて自宅に戻った2人は、かすみが手料理を振る舞い、玲もかすみの料理を味わって大いに満足したのだった。そして暫く2人で一緒に過ごし、いよいよ日付が変わる時間になった時、かすみが、
「玲、ちゃんと準備は出来てんのか?」
と聞いて来るので、「当然だろう!」と玲は答えた。すると、かすみは何時ものボケで
「一応、おやつは300円までやからな。
バナナはおやつには含まへんけどな」
となぜか真剣な表情で玲に伝えた。もっともかすみとしては一応演技をしているつもりのようで、玲も
「300円だと足りないよ。
せめて3万円にして欲しいな」
などと応酬し、かすみを喜ばせた。そして、
「かすみ、お土産は何がいい?」
と聞くので、そこは定番の
「ロムリア饅頭かロムリア煎餅でええで!!」
と答えた。そして玲も「そんなもんあるか―!」とツッコミを入れたことで、かすみも大満足であった。こんなアホな会話を楽しんでいる2人だが、玲としては、本当に今更ながら準備をすることはなく、ただ只管出発の時を待つだけである。今日この日が来るまでに、準備は全て終えていたからだ。特に地球に残るロムリアからの転移者達の身内へのメッセージ、これについてはほぼ昨年までに全て収録を終えていた。一人当たり30分程の動画を用意してもらい、それをUSBに保存して送ってもらった。なお玲は自分のノートパソコンを召喚する予定にしており、その時の召喚したノートパソコンにはUSBに保存されている動画を含めている。これにより、何かしらのトラブルでUSBが使えなくなっても、召喚したノートパソコンにデータが保存されており、しかも召喚対象を召喚の書から消去しない限りそれは永久に消えることは無い。こうい時に、召喚術師は非常に有益な存在なのである。ちなみにUSBに関しては、もし向こうでそれを利用できる環境があれば、そのまま置いて来る心算である。この点に関しては、向こうについてからタチアナと相談することになるだろう。
後はちょっとした小物程度であればお土産に持っていくことは可能と伝えたところ、意外に大荷物になってしまったため、各自に断りながら必要最低限の物に絞り込んだりした。そうやって絞り込んで持っていく荷物は、エベレストに登頂するのかと言わんばかりの大きなリュックサックに入れて、今は玲の部屋の片隅で今か今かと出番を待ちわびている。本来ならスーツケースで行く方が便利なのだが、実はなぜかスーツケースを持っての召喚は出来なかった。スーツケースを手に持ったり、スーツケースに抱き着いたり、あるいはスーツケースを背負ったりしてもなぜかスーツケースだけは召喚対象から外されてしまった。当然その場でテストを行っていたタチアナも、最初は自分の術式に問題があるのではと心配になったりした。だが、玲がタチアナを使って行っても同様であることが分かり、タチアナは自分の術式に問題ないことが分かり幾分ホッとしていた。そして今もってスーツケースがなぜ駄目なのかという問題が解せない一方、リュックサックであれば背負っている限り問題は無かった。だがリュックサックを手にぶら提げたりすると、上手く召喚されないことがあったりして、一体どういった基準で良し悪しが決まるのか、今一つ分からないまま今日を迎えた。
今回メッセージを届けるのはサモパラを通じてコンタクトがあった13名だけでなく、追加でもう1名加わっている。その1名だが、実はタチアナもよく知る人物である。それはチーターの名で知られていた。そう、玲はチーターからもメッセージを預かっており、しかもチーター本人と直接会って会話をしていた。チーター、本名はヴェレニエラと言う女性である。玲が彼女に会った印象としては、西洋人形の見本のような金色の髪に青い瞳を持ち、更に神室霊華と同年代か少し上と言う印象である。そして彼女も、タチアナ同様、地球時間の20年程前に事故か何かに巻き込まれて地球に転移して来たというのだ。
ところでなぜ彼女がチーターと呼ばれるのかと言うと、そこには彼女の数奇な運命が関係していた。全く未知の誰一人知る人のいない世界に1人やって来たヴェレニエラ、言葉の壁を乗り越えながら何とか働き口を確保し、貧しいながらも何とか生活を送っていたのだが、ある時彼女の運命を変える出来事に遭遇したという。それはゲームセンターに置かれていたビデオゲームである。最初はそれが何か分からず遠巻きに眺めていたが、ある時それに接する機会があり、その体験の衝撃から直ぐに虜になったという。そして彼女の特異な才能がそれを機に開花するのだが、元々彼女はゲーム自体が得意ではなかったらしく、自分も出来るゲームを自分で作ってみようとし、そうやって作ったゲームが口コミで広がって、やがて生活に困らない資金を得ることが出来るようになった。そしてその後、今度は人気のオンラインゲームをやり始めたのだが、どんなに操作しても上位にランキング入りすることが叶わず、だが何とかしてランキング入りしたいという彼女の生来から持つ向上心が顔を出し、遂には禁断の果実に触れてしまったという。それは違法なチートプログラムを自ら作るということであった。勿論違法行為であり、見つかればアカウント停止は勿論、場合によっては多額の賠償請求が課されるのだが、彼女の作ったチートプログラムは余りにも精巧にできており、未だに彼女のチートプログラムがゲーム中で使われていてもゲーム制作会社にも分からないという。そのような精巧なチートプログラムを手掛けていた彼女は、何時しか「ザ・チーター」と一部ゲーマー界隈から神の様に崇められるに至り、そのあだ名がそのまま今のハンドルネームになっているということだった。そして現在は、ホワイトハッカーとして依頼された企業からのセキュリティの向上に努めたり、場合によっては敵対関係にある企業や個人へのハッキングなどを行っているという。
玲ことカーンフェルトからすると、まるで異次元の話に聞こえるが、そんな彼女もやはり故郷のロムリアに残る家族のことが気がかりであり、その家族に向けたメッセージを届けて欲しいと玲に依頼したのだ。ただし一つ条件があり、このメッセージを地球に住むロムリア人に見せないで欲しいというのだ。勿論そこには何か理由がある訳だが、玲はそれを問い質すことはせず、しかも最初から誰かに見せることは想定していないので、安心して欲しいと彼女には伝えてある。ヴェレニエラも玲がロムリアからの転移者ではないことを知っているからこそ、安心して彼にメッセージを宅せたのである。そしてその後、玲は直接ヴェレニエラに会って、彼女から親族への贈り物を受け取った。それは彼女の子供たちが描いた絵である。どうやら彼女の両親の似顔絵らしいのだが、それを持って行って欲しいというのだ。ただし、絵のサイズが少し大きいためやむなく彼女の許可を得て4つ折りにしたのだが、今その絵も玲のリュックサックに大事に仕舞われている。そんな各自の思いの籠ったメッセージと贈り物を携えて、玲はかすみと一緒にフランスのタチアナの別荘に転移した。
玲がプルプルする少し前の惑星サモナルドにある巨大都市ロムリア。ロムリアが誇る大召喚術エンペラールの屋敷の一室でセラスティナはエンペラールと対峙していた。何やら物騒と言うか不穏な空気が漂っているが、決してこれから何か争い事や喧嘩が起きるということではない。と言うか、殆どエンペラールに問題があるのだった。この日から1カ月程前から、エンペラールは事あるごとにセラスティナに「レイさんはまだ来ないのか?」としつこく聞いて来る。ほぼ数時間に1回の割合と言う頻度である。如何にセラスティナでも約束の日までまだ1カ月あるから駄目です、と口が酸っぱくなる位に注意しても、翌日にはすべて忘れたかのように同じことを聞いて来る。そしていよいよ数日に迫った時には、セラスティナに付きっ切りで、まだかまだかと付きいだした。これにはセラスティナも我慢の限界になったようで、
「先生! まだなものはまだです!
今呼んだらレイ君は
パニックを起こします!」
と大声で警告を発した。それで少し我に返ったのか、暫くは大人しくなったのだが、いよいよ呼び出し予定日まで1日に迫った前日、エンペラールも遂に我慢の限界を迎えたようで、セラスティナに「私が召喚する!!」と言いだした。流石にセラスティナも怒りを通り越して呆気に取られてしまうのだが、しかしそんな勝手な事をさせる訳にはいかない。そんな訳で今2人は対峙していたのだった。そして結局セラスティナが折れてしまい、
「分かりました、先生、
これから召喚の前段階を行います」
と言って、30分間の呼び出しを行ったのだ。それが真夜中の玲のプルプルである。しかしセラスティナは不思議に思った。エンペラールに会いたいという人は五万といるのに、エンペラールが会いたいという人が果たしてどれだけいるのだろうかと。恐らく今この瞬間であれば、間違いなく最神玲唯一人であろう。いや、恐らく心の底から先生が会いたいと思う人は、後にも先にも最神玲以外現れないだろうと確信している。何と言ってもセラスティナがエンペラールを越える存在と太鼓判を押すくらいであるから、興味を持たないことは絶対ない訳だ。
そしていよいよエンペラールが待ち焦がれる最神玲が召喚される時刻が迫って来た。今回の滞在期間は地球で言うところの2週間を考えている。勿論スケジュール次第ではもう少し伸びることは考えられる。そこは玲と相談と言うことにしていた。それと、地球に残る同胞の者達の家族については、ほぼどこに住んでいるかについて特定済みである。残念ながら全員がロムリアに住んでいる訳ではなく、例えば地球で海軍の軍人をしているグリミアムの実家は、サモナルド最大の海と言うか塩水湖であるサモナレイクのに住んでいる。尤も転移すれば簡単に行くことは出来るので、特に移動で数日かかるなどの時間の制約を受けると言うことは一切ない。そうやって、残留組の家族への報告に2、3日を費やすとし、残る時間はロムリア観光と恐らく召喚術談議になるだろうと睨んでいる。後者に関しては、まあ、あの先生が一番望んでいたことだから、それに関しては十分に時間をとっても罰は当たらいだろう。それよりも、一つだけ心配な事がある。それは、この惑星の重力である。セラスティナも自分がサモナルドに戻って来たとき、真っ先に洗礼を受けたのがこの惑星の重力である。玲の中身のカーンフェルトはこの惑星の重力を分かっていると思うが、問題は最神玲の体が地球人であることであろう。見た感じ地球人もサモナルド人も骨格や体の組成などは殆ど変わらないことは分かっていた。尤も細かい数値で見ると、例えばサモナルドは地球に比べて酸素濃度が濃いため、サモナルド人のヘモグロビンが少ない傾向にあるのは事実である。あるいは塩分摂取量が少ないため、概して高血圧になることはまず有り得なかったりするが、それよりも重力の影響は肉体に直接負荷がかかるため、果たしてそれに耐えられるかどうかは心配である。一応万が一に備えて、ロムリアが誇る最新の医療設備をエンペラールの屋敷内に用意しており、万全の態勢で迎える準備を整えていた。
タチアナの別荘にある広いリビングにやって来た玲とかすみは、早速ゲラルドとエレナに今タチアナの別荘に到着したことを連絡した。すると、直ぐに2人が転移して来て、それから1時間程のうちに、5,6人のロムリアからの転移者達が集まって来た。そして玲は皆と挨拶を交わしたり、あるいは玲に向かって「いよいよですね、私達もかなり緊張してますよ」と笑顔で玲に伝えたりした。そしてプルプルが来てから24時間後、再び玲のプルプルが始まったことで、玲はプルプル震えながらかすみとハグして別れの挨拶を交わし、そして、
「で、で、でぶぁー、い、いっでぎまーす」
と言い終わるや否や、玲の姿は皆の前から消えたのだった。