召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
ロムリア探訪記: 9日目 (後編)
さて、ロムリアの教育と歴史を学んだ後は、次に科学技術を研究する地区に3人はやって来た。ここは、先程の教育文化地区が管理する単科大学か専門学校のような施設が多く集まる一方、それ以上に様々な研究機関が数多く存在する。そしてここでは、最新の科学や様々な技術の開発と改良が日夜なされているという。その中の成果の一つがあの熱核融合炉の開発である。そしてエンペラールやセラスティナが使っている情報端末、これもこの地区で研究をしている科学者や技術者の賜物だというのだ。まさにロムリアの頭脳に相当するというべき場所だろうか。そして目下のところの関心事は、惑星サモナルドの外の世界だと言い、そのため宇宙開発に力を入れているようである。ただし、宇宙開発に関しては、実は責任者が最神玲の目の前にいるエンペラールである。なぜ彼女が責任者かと言うと、宇宙空間への物資の運搬を全て転移で行う心算だからである。そして、セラスティナが語ったのは、その予備実験をしていた時、何かに捕らわれて地球に転移させられたというのだった。セラスティナにとっては悪夢のような因縁のあるプロジェクトが今なお進行中であるというのだ。だが、
「結局ね、宇宙空間に空気はなく、
重力もないということを教えたことで、
今は保留になっているのよ」
とセラスティナが、心なしか嬉しそうにそう語ったのが玲には印象に残った。何となく、セラスティナにはその時の体験がトラウマとして残っているのかな、と心配になったりした。
そして現在の研究テーマはと言うと、一つは気象のコントロールであるが、実際は雨をどうやって降らせるかと言うことである。ロムリアは海に囲まれた土地と言う訳ではないため、地球の日本の様に台風やハリケーンなどの暴風雨にされることは殆ど、いや全くないと言って良いだろう。だがそれ即ち、水不足に陥りやすいとも言える。ロムリア近郊には、いわゆる大河と呼ばれるような大きな河川は存在しない。ではロムリアはどのように水不足に対応しているのか?一つは豊富な地下水に依存しており、飲料水は全てこれで賄われる。そしてこの地下水は、ネオヒマラヤ山脈を水源としており、この地下水が枯れることはまずないと言われている。だがそれだけに依存するのは危険と言うことで、飲料水以外の生活水は下水などを処理した水が再利用されている。そしてもう一つの水源の候補として、人工降雨に代表される気象を制御して水を確保する方法を考えているという。だが地球においても人工降雨は行われているが、例えば雨粒の核になる触媒による土壌汚染や、空気中の水分をそのまま雨にするために極端な乾燥をすなどの環境問題が発生する。ロムリアでもやはり同様で、今の所これを解決する術がないという。確かに水の確保は生命活動に直接影響を及ぼすから大事だよな、と玲は思うが、それなら海水を真水にすれば良いんじゃない?と何気なくそう呟いた。そんな玲の呟きをエンペラールが聞き耳を立てて聞いており、早速
「えっ、レイさん、
それってどういうことなの?」
と食らいついてきた。えっ?と玲は戸惑いつつも、地球では砂漠地帯の国々で、真水を確保するために淡水化事業と言うことで海水を真水にする設備があることを説明した。すると、
「ちょっと、ねぇ、砂漠って何なのよ?」
とエンペラールの飽くなき探求心が顔を覗かせてきた。そこで、砂漠の説明をしながら、海水を真水にするには何か特殊なフィルターを使って塩分を取り除く、そんなことを説明した。
「サモナルドだとサモナレイクがありますから、
あそこで淡水化事業を進めたら
いいと思いますがね」
と無難な返答をした。だがエンペラールには玲のその言葉が耳に届いておらず、何やら黙って考え出したのだった。
「ちなみに、タチアナさんは
海水の淡水化はしってますよね?」
と玲はセラスティナに助けを求めるような形でそう尋ねたが、
「うーん、名前だけかな」
とかなり怪しげな回答をしてきた。うーん、仕方ない、地球に帰ったら、それを調べることにしよう、そうエンペラールには伝えた。エンペラールは、玲の言葉に反応して
「あっ、そうね、そうしてもらえると助かるわ」
となった。
そしてもう一つのテーマは、サモナレイクの海底調査だという。実はサモナレイクの水深は全く分かっていない。多分数百メートルはあるだろうと思われるが、いやもっと深いという説もある。先ずは水深がどれ位かを知ること、そしてその後は、そこに何があるのかを調査することになる。カーンの居たケンタリアでは、サモナレイクはその存在は知られていたが、実際に目にすることは無かった。だが、今回の残留組家族の訪問でサモナレイクを初めて目にしたのだが、確かに湖ではなく、海だよな、と言うのが玲の第一印象であった。そのため、その海底に何があるのかには興味があるが、何となく地球の海底と似てるのでは、と言う予想はしていた。尤もそんなことをこの場で伝えるつもりはないが、実はその調査の責任者がセラスティナだというのだ。そしてそこにはやはりと言うべきか、海底に転移で行けばいいのでは?と言う安易と言うかそんな発想がロムリアの支配階級にあるようなのだ。玲は心なしか心配になり、セラスティナに
「タチアナさん、そんな計画の責任者って、
何か不安じゃないですか?」
と率直に尋ねた。セラスティナは首を縦に振るのみで、言葉では何も語らなかった。もし数百、数千メートルの深さがある場合、果たしてロムリアにその圧力に耐えうる装置なり設備があるのかと心配になった。尤も、あの巨大な熱核融合炉を作る技術があるのだから、多分高圧に耐える設備も問題ないのかもしれないが。
次に内政に関する行政地区に3人は向かった。この行政地区は、とにかく生活に関係するありとあらゆることを扱う。そして余りにも扱う分野が多く、しかもロムリア市民から問い合わせが一番多いため、ここの職員と言うか公務員は、ロムリアの全公務員の半分以上を占めるという。ただ、この行政区も観光で訪れる場所としては余り見るところはないが、セラスティナからの説明を聞く限り、本当に多岐にわたっていることが分かった。生活全般のことは言うに及ばず、ロムリア市民の娯楽に至るまでカバーされていた。あるいはロムリア市内にも公園があるが、その公園の管理も行っている。なお、ロムリア市内には動物園とか植物園などは存在しない。理由は動物、イコール猛獣や野獣であるため、これを飼うことは基本的には難しいからだ。そして動植物に関しては、情報端末から3次元のリアルな映像が見られるため、ほぼそれで対応できるそうだ。場合によっては、召喚術師に召喚してもらって実際に触れてもらうイベントも開催されるという。後は美術館だが、実は美術館だけは特殊である。何が特殊かと言うと、美術館は1カ所だけあり、その場所が王宮の1階にある。そして王宮の1階はロムリア市民に開放されており、加えて美術品の大部分は王室のコレクションが定期的に入れ替えられながら展示されるため、常に多くの人出で賑わっているという。
その後少し休憩を挟んで、3人は衛生管理地区に向かった。ここはロムリア市民の公衆衛生を管理する行政機関が集まっているが、それ以外に医療関係の管理も行っている。ただし、ロムリアでは、実は医者と言う職業は存在しない。ではロムリア市民の医療体制や衛生管理はどのようにされているのか?ということだが、各家庭にある機械が一台は設置されている。それは平たく言うと、体の内部を含む全身を隈なくスキャンするMRIのようなものである。実はロムリア市民は各自の生体情報が情報端末に保存されているが、その生体情報には健康時の体の情報や遺伝子情報が含まれる。そしてそのような究極の個人情報は、ネットワークに繋がっておらず、各自の端末の中だけに存在している。そしてその情報を基に、各家庭に設置されているスキャナーに接続し、自分の体をスキャンする。それにより、各自の体の異常を直ぐに判定するのである。そしてもし異常があれば、医療機関に直行、ではなく、そのスキャナー内である程度病や怪我は治療されるというのだ。そう、各家庭に専用の医者がついている感じであろう。そうすると、例えば骨折などの重傷を負ったとしても、そのスキャナーに入れば、骨折した部位を短時間で修復することが出来たりする。ただし、この修復内容については、スキャナーと言うかその装置の値段にも依存するようで、一番安いタイプだと修復は出来ないらしい。その場合は近くの有料の施設で処置を施してもらう必要がある。逆に一番高額なタイプであれば、仮に腕が千切れて無くなっても、即座に腕を再生できたりするという。あるいは内臓に癌が発生した場合でも、癌を除去して内臓を元の健康な状態に戻すことが出来たりするらしい。そうなると確かに医者はいらないのだが、しかし医学の研究者はやはり必要である。それは、未知の病原菌への対策などのためだ。
ところで、玲はここで一つ疑問を持った。それはこれだけの医療技術があるのであれば、人間のクローンが出来るのではないかということである。それに対しエンペラールが答えたのは、イエスである。ただし、
「クローン人間は禁じられてるのよね。
もしそれを行ったら...」
ロムリアからの追放と言うか、転移で宇宙に飛ばされるという。それは文字通りの死刑であろうか。ただ、地球であれば、完全なクローンでなくても、例えば自分の臓器のクローンを作って移植することが考えられるが、ロムリアの場合、先に述べたスキャナーがそれを行えるため、実質的にクローンを造る意味がない。そんな状況で敢えてクローン人間をつくるということは、
「何か良くないことを企てていると
みなされる訳なのよね~」
とエンペラールが玲にそう語った。まあ、そう疑われても仕方ないよな、と玲は納得したのだった。
そして最後に3人は治安関係地区にやって来たが、実はこの地区は一般人の立ち入り禁止区域が多く、その為観光には向かない所である。ただし例外として、高位の責任者の同行、もしくは推薦がある場合許可されるらしく、玲の場合は12人の大臣の1人が同行するため、文句なく入ることが出来るのだった。そして3人は、ここの中心的な存在である警察と消防組織の中央指令所みたいなところにやって来た。玲はテレビなどで日本の警察の中央指令所がどういう所かを見て知っているが、ロムリアは玲の想像を遥かに超えていた。指令所の中央部には巨大なロムリアの都市模型が鎮座していた。いや、実際は3次元で投影されているのだが、どう見てもリアルな模型にしか見えない。そしてその3次元投影されたロムリア市内のどこで何が起きているのかが直ぐに分かるだけでなく、例えば犯罪者の追跡もその中で行うことが出来るというのだ。そしてその様子を縦横無尽に移動できる椅子に座った多くのオペレーターが指示を出している。勿論このような追跡システムは、その詳細が機密事項となるようだが、何かのセンサーがそこら中の建物に埋め込まれており、それを使って追跡できるというのだ。そしてオペレーターの指示を現場近くにいる治安要員に知らせて、犯人を確保するということになる。
また、このセンサーは火災の発見にも役立つようで、火災発生の報告が入る前に既に消火隊が現地に向かったりすることができるそうだ。そうなると、何やら1日中監視されている気がしなくもないが、セラスティナが言うには「安心、安全が保障されるし、何か後ろめたいことをしていなければ気にならないわよ」らしい。後は、玲が住む日本のように、小さな町にも交番などの警察の出先機関があるが、ロムリアでも交番ではないが、10人程度が詰める出先機関がロムリア中に存在するという。そこで昼夜を問わず、ロムリア市民の安全を見守っているというのだ。
さて玲はこれでロムリアの状況を大体把握できたのだが、一つだけ謎が残されていた。それは、
「ねえ、タチアナさん、
ロムリアでは裁判とか
どうなっているんですか?」
そう、司法関係が一体どう機能しているのか、と言うことである。実はカーンの居たケンタリアでは、裁判所なる組織は存在しない。これはなぜかと言うと、犯罪が起きた時点で既に犯人は分かるからである。なぜ犯人が分かるのかというと、それは被害者の霊体を召喚して犯人を突き止められるからである。そして犯人に対しては魂の尋問が行われ、動機を含めた真実が明らかにされる。ちなみに、カーンが知る限り、魂の尋問で嘘偽りの証言をした事例は全く存在しない。そして、裁判所の代わりに議会が司法に関する一切の事務を担当するのだが、その場合に行われることは、動機をみて情状酌量するかどうかを判断するくらいである。従って、専門の裁判所なる組織や裁判官なる職業は全くいらないのだ。そんな目でロムリアを眺めると、もしかしてケンタリアと同じなのか、とおもうのだが、ロムリアは少し状況が異なるようだ。と言うのは、
「ロムリアの場合、各人が所属する地区で
裁判が行われるのよ」
とはセラスティナの言葉であるが、例えば召喚術師が何か問題を起こした場合、その裁判はエンペラール以下の上級召喚術師が行うというのだ。そして、もし判決に不服がある場合、更に上の最高意思決定機関である12人の大臣と国王を加えた13人の判断に委ねられる。だがそうなることは、めったにないらしい。それよりも、ケンタリアの様に議会が担うのではなく、各大臣がその任を担うとなると、「エンペラールさんの負担が増すだけじゃないですか?」と玲は問い掛けた。すると、
「そ、そうなのよ、レイさん!
私の仕事の何割かは、
そんなことの判断なのよ!」
とエンペラールは日ごろの不満をここぞとばかりに口にしたのだった。ただ、
「じゃあ、私以外で誰か公平に裁判できるのか?
と言うことになると、誰も判断できないのよね」
と言うように、司法の独立を保障できるか怪しいというのだ。これには玲も何も言うことが出来ない。結局、人が人を裁くということが如何に難しいか、と言うことであろうか。
玲とエンペラール、そしてセラスティナによるロムリア観光が全て終了したのは、西の空に2つの太陽が完全に沈み夜の帳が降りた頃である。流石にこれから帰宅して料理するのは面倒だ! とセラスティナが主張したため、結局3人はロムリアの典型的な居酒屋に向かうことにした。玲の頭の中では、忙しく移動して回った今日1日の出来事が色々と思い出されていたかと言うとそうではなく、実は明日のことしか頭になかった。明日はいよいよカーンが住んでいたケンタリアに行き、その後ロムリアの裏側に向かうことになっていた。そしてもし歴史で学んだ初期のケンタリアがそこにあったら......そう考えた途端、玲はかなり複雑な思いにされたのだった。