召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
物部かすみ、新弟子を取る (前編)
9月に入っても差間見町にある美土路神社は、朝は少しだけ過ごし易くなったものの、日中は猛暑日手前の気温に達している。そんな暑い中を、相変わらずこの神社に参拝する人達が全国からやって来る。それでも今年の春頃と比べるとやはり参拝客数は減っているようで、社務所にて記帳作業をしている物部かすみは、何れ昔のようなが鳴く頃に戻って欲しいと密かに願っていたりする。その理由は、当然昼寝がしたいからである。仕事中に昼寝ができる環境は恐らく日本中探してもここしかないのでは、と思われるくらいに、以前の美土路神社の仕事はのんびりしていて暇だった。だが、今後そのような事態が訪れることは恐らくないだろう。そんな不穏と言うか不謹慎な事を考えながら仕事をするかすみは置いておいて、最神玲は特に何の不満もなく、今日も真面目に仕事を続けていた。
この日の夕方、そんな彼らの所にある人物がやって来た。白いブランドロゴ入りTシャツにダメージジーンズと言う出で立ち、そして黒いサングラスをかけてLAのロゴ入りキャップを被った女性がスーツケースを引いて参道に現れた。早速玲が社務所からその女性の姿を認めて、
「あっ、エランさんだよ、かすみ」
と隣で休んでいるかすみに声を掛けた。かすみも玲の言葉でその方向に振り向くと、その後でまだ誰か来るのを目にした。
「うわー、マジ、あの人ちゃうかー!!」
とかすみは驚きの声を上げた。マリンブルーのアロハシャツに白の膝丈の短パンと言うラフな格好で黒いサングラスをかけているものの、知る人が見たらその姿はどう見ても現役の国防長官その人にしか見えなかったのだ。そして彼の後から「あっ、あの人は、ナカハラ大尉だね」と玲が指摘したのは、玲とかすみが昨年アメリカでの仕事をした時に通訳をしてもらったアキコ・ナカハラ大尉である。彼女は濃いブラウンのサングラスに白のノースリーブのワンピース姿である。その後には、2名のTシャツにハーフパンツ姿の外国人観光客が現れたが、どう見てもそのガタイは格闘技かボディービルを嗜む方達と言う印象を与える。そう、彼らは国防長官の護衛達であった。流石に日本の街中の、しかもこんな田舎に軍服に身を包んだ米国の軍人が現れたら、差間見町は大騒ぎとなるだろう。その点を配慮して観光客風に装ってくれていたのだった。
玲は早速かすみを伴って迎えに行こうとしたが、丁度かすみのところに記帳のお願いが舞い込んだため、玲だけが向かうことにした。それよりも、外国人観光客の一団が石段から参道にかけて現れたのを見た参拝者達は、好奇な目で彼らを見つめていた。とりあえず、玲が1人で出迎えに向かい、簡単に挨拶を交わした後、一行を社務所ではなく自宅の方に案内した。社務所にすると、恐らくあのボディービルダー風の護衛が社務所周りで警備するだろうから、そうすると当然参拝客に迷惑をかけることになる。また、社務所の集会室は畳部屋のため、外国人には不便を感じさせてしまう。そこで、自宅のリビングにて対応することにしたのだった。なお、護衛達は、一度駐車場に停めてある車の所に戻すことにしたようだ。確かにこの暑さの中、外で警戒させるのは気の毒と言うか、まあ、時間的には夕方であるものの、確実に熱中症になる危険がありそうである。
自宅に案内した玲は、そのまま一行をリビングに通した。幸いリビングはエアコンがついたままなので、部屋の中は快適そのものである。早速、ヘンドリクソン長官とナカハラ大尉、そしてエラン中尉にソファーに座ってもらい、玲は冷蔵庫から取り出した冷えた麦茶を来客用の湯飲みに注ぎ、それをお盆にのせてからリビングにやって来た。そして彼らの前に差し出して、改めて挨拶をした。
「長官、ご無沙汰しております。
奥様のご様子はその後如何でしょうか?」
と玲はまずヘンドリクソンに挨拶をした。ヘンドリクソンも
「モカミさん、お久しぶりです。
私も妻も全く問題なく
楽しく生活が出来ております。
これもモカミさんと
モノベさんのお陰です」
と通訳のナカハラ大尉を介してそのように挨拶を受けた。そして「良いお住まいですね。木をふんだんに使っているようですね」と多分お世辞だろうが、嬉しい言葉をかけられた。玲も「有難うございます。ただ何分狭いのでその点ご容赦ください」と笑いながら答えた。そして
「あっ、すいません、
かすみですが、実はですね...」
ここの神社の仕事が午後5時まであるので、今はそちらの対応中です、と言うことで彼女が不在になっていることに対してお詫びした。そして早速本題に入った。
「エラン中尉のメールを頂戴しまして、
順調に日本語習得が進んでいると
感じました」
ちゃんと約束通りされていたことに、彼女の真剣さが伝わってきました、と言うことをエラン中尉とヘンドリクソンに伝えた。そして、
「そこで今日からこちらで
訓練に入るということで
宜しいですよね?」
と玲はエラン中尉とヘンドリクソンを交互に見てそう口にした。エラン中尉は、「ハイ、ソノツモリデ、ジュンビシマシタ。モカミサン、オネガイシマス」と玲が驚くほど流暢な日本語で挨拶を返した。
「では、今から直ぐにでも
召喚術師になりますか?」
と玲はエラン中尉に尋ねた。「?」と不思議な物を見るような目つきで玲を見つめてくるエラン中尉。その後、玲が言った言葉が自分の中に沁み込むにつれて、「エッ、イ、イマカラデスカ?」と驚きの余り目を瞬いていた。そして、ヘンドリクソンも「い、今からそんなことが出来るのですか?」とこちらも玲の予想外の言葉に驚くやら戸惑うやら、複雑な表情になった。玲としては説明するよりも実際にやった方が早いと思い、
「エラン中尉、僕の言う通りに
言葉を発してください」
と言って、玲は召喚術師が最初にやること、つまり召喚の書を呼び出す儀式を行った。そして
「モモモモモ、モカミサン。
コココココ、コレッテ!?」
とエラン中尉の手には立派な召喚の書が出現した。
「これが召喚術師が使う召喚の書です。
ここに召喚術で使う術式を記述して、
それを呼び出して使うことになります」
とにかくこれがないと何もできませんよ、と言うことを説明した。そして、
「長官、実は召喚術師にするという約束は、
これで完了なんですよ」
とヘンドリクソンに説明した。まさかこれだけ?とキョトンとするヘンドリクソンだが、確かに玲が言うように、召喚術師になるというのは、この召喚の書が呼び出せるかどうかだけの問題なのであった。もっとも、玲としてはこれで「ハイサヨウナラ」で済ますはなく、
「長官が戸惑われるのは御尤もです。
実はエラン中尉は召喚術師の卵になっただけで、
ここからさらに成長するには
毎日の努力が不可欠になります」
多分、軍人も武器を持たされたからと言って直ぐに一人前にはならないことと同じかと思います、と言う例えを出した。つまり、エラン中尉は武器を持った状態であり、それをこれから時間をかけて使いこなすことが必要である、と言うことを説明したのだ。この説明でどうやらヘンドリクソンとエラン中尉は大きく頷いて納得したようである。
そして今後のエラン中尉の修行方針を説明しようとした時、かすみが「ただいまー」と言って帰って来た。そしてかすみも早速、リビングにて寛いでいる面々に挨拶をした。
「あっ、かすみ、たった今
エラン中尉に召喚の書を
出してもらったよ」
といい、エラン中尉が「コレデス」と言ってかすみに見せた。かすみは「おー、立派な召喚の書やね。ほな、後は練習あるのみやね」とニコニコしながらそう伝えた。ちなみに、ヘンドリクソンもナカハラ大尉も残念ながら何を見て話しているのかは分かっていない。そしてヘンドリクソンは、エラン中尉が念願の召喚術師になったことは喜ばしいと思うものの、やはり自軍にとって有用なのかが判断できない。そこで意を決して玲に尋ねた。
「モカミさん、エラン中尉は
転移術を使えるのでしょうか?」
“あぁ、やはりそれは気になるよね”、と玲も半ば予想していたことを尋ねられたので、玲は正直にこう答えた。
「恐らく、最終的にはエラン中尉を
あなた方の軍事作戦に投入したいと
考えてらっしゃるようですが」
その為には数年かそれ以上の期間の修行が必要になります、と答えた。
「ここに居るかすみも、
初めて転移が出来たのは、
召喚術師になってから
半年以上経ってからです。
しかも...」
残念ながらエラン中尉の召喚エネルギーは、かすみの初期バージョンよりも少し少ないため、もう少し時間がかかるということを玲は説明した。そして
「もし仮に今彼女が転移を出来たとしても、
精々ここの神社の石段までが
精一杯でしょうね」
もしそれ以上の距離を転移させたとき、彼女は死にますよ、と玲は警告した。「死」と言う言葉を聞いた時、エラン中尉は驚きの余りカッと目を見開いたまま一点を凝視していた。そしてヘンドリクソンは一言「死(death)」と呟いた。玲は続けて
「召喚術師にとって召喚エネルギーの枯渇は即、
『死』
を意味します。そして」
特に召喚術を習いたての初心者は自分の力量を把握できず、そのため死に至る確率が高くなることを玲は淡々と説明した。
「従って、彼女をじっくりと
育てることが出来るかどうか、
それをあなた方が認めるのかどうか、
僕はそこが不安であり
心配の種でもあります」
と最後を締めくくった。玲がなぜここまで話したのかと言うと、軍隊の特性上、上官から命令されればそれに従わざるを得ない。もし無理な命令が下された時、エラン中尉がそれに従ったことで命を落とすことを懸念していた。そこで、玲は、ヘンドリクソンの目をじっと見つめながら
「お願いです、長官、エラン中尉を
死なせるような無理をさせないことを
約束してください」
とお願いした。ヘンドリクソンも折角の逸材を簡単に失う訳にもいかないため、
「モカミさん、その点は私の責任の下、
無理をさせないように約束します」
とこちらも玲の目をじっと見ながらそう断言した。2人の間には単なる口約束しかないが、玲もヘンドリクソンも書類による契約は不要と考えている。そして玲は、ヘンドリクソンからの力強い返事を聞いたことで、安心してエラン中尉を預かって彼女を一人前の召喚術師にすることを決めたのだった。