召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
M M vs. 絵画窃盗団 (後日談)
冬の気配が少しずつ忍び寄って来た11月下旬、イタリア中世のルネッサンス期の画家であるデルベッキオの絵画[ふるさと]は、東京の国立美術館にて今日から一般公開が始まった。既に美術館入り口前には千人規模の人達が、今話題の絵画を一目見ようと押し寄せていた。連日、国際的な絵画窃盗団逮捕のニュースで巷を賑わせているが、その話題の中心となった絵画である。普段絵画に興味がない人達でも、話題の絵画が展示されるとなると話が違うようだ。
そして同じく国際的な絵画窃盗団の逮捕に尽力した霊能力者の神室霊華の所には、世界中のマスコミからの取材が殺到するのだが、これに関する話は一切しないことにしていた。恐らく、霊能力云々に関しては、彼らは面白おかしく書き立てるだけだろうと睨んでおり、そんな人達に何か話しても正確には伝わらないことを神室霊華は熟知していた。尤も、彼女の元を訪れる顧客の中には、やはり気になって彼女に尋ねたりするのだが、
「すいません、今後の裁判にも関わるため、
詳細は警察から口止めされております」
と答えるにようにしていた。裁判と言う言葉が出ると、やはりそれ以上聞きづらくなるようで、それ以降はこの話に触れることは無くなる。何れはこの話題も遠い過去の出来事になるだろうし、それまでは大人しくしていた方が無難だな、と思って出来る限りこちらからは何も触れず、何時も通りの生活を送るようにしていた。
さて本来の主役である最神玲と物部かすみだが、相変わらずこの2人は、美土路神社の社務所にてお札の販売や御朱印帳への記帳作業を行っている。勿論、美土路神社に参拝に来る人達は、まさかこの2人があの事件に関わっていたとは全く想像していない。そのため、神室霊華には申し訳ないが、彼らの日常は今まで通りの平穏な毎日なのであった。
そして神薙家、特に当主の宗座衛門であるが、盗まれた絵画がその日のうちに無傷で見つかっただけでなく、それらの贋作を作っていた一味が全員逮捕されたことで、警察や関係先への対応で何やら目まぐるしい一日を過ごしたのか、翌日から数日間寝込んでしまった。そんな叔父を心配してかすみは毎日神薙家に見舞いに行っていたが、まあ単に疲労が溜まっていただけだと言われて、少し安心した。
一方、警視庁に逮捕された窃盗団の6人だが、その後捜査本部のある米野市の警察本部に護送されることになっていた。そこで本格的な取り調べが行われるはずなのだが、実は日本の法律上、彼らは盗品を単に所持しただけとなるため、盗品等保管財が適用されるに過ぎない。もし金銭の授受があって保管した場合、10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科されるが、金銭の授受が無い場合は3年以下の拘禁刑となる。だが今回のケースは、金で雇った連中に盗む対象を指示した上で盗みを行わせ、それを受け取ったということで、窃盗罪の教唆犯としての処罰も受けることになる。この場合、窃盗罪と同じ罪となるため、10年以下の懲役または50万円以下の罰金となる。何れにしてもこの場合は刑事事件だけで、民事は別となる。
ところで、この窃盗団の贋作による被害が突出して多いフランス政府から、外務省を通じて彼ら全員の身柄を引き渡してもらいたいという申し出が寄せられていた。現在、日本の警察庁から伝えられている贋作情報を基に特別捜査班を編成して絵画を一点ずつ調査しているようだが、既に調査済みの絵画はどれも精巧につくられた贋作であることが判明した。と同時に、盗まれた本物の絵画を所持している実業家や政治家などの個人や団体に関しては、セルジオのノートパソコンに保管されている顧客リストから特定されたことで、かなり大規模な犯罪になると予想された。そのため、全容解明を急ぎたいフランス政府としては、直ちに彼らの身柄を引き渡して欲しいのだった。ただ残念ながら、日本とフランスとの間で犯罪者の引き渡しに関する条約は締結されていない。そのため日本政府の判断待ちとなるのだが、過去にはフランス政府の横やりにあって、海外からの犯罪者の日本への身柄引き渡しが妨害された事例があり、政府内でも身柄引き渡しに関する慎重な意見が出て、なかなかまとまらない状況が続いていた。だが最終的には、主犯格のセルジオだけをフランス政府に引き渡すことでお互い合意することになった。残りの5人は、そのまま日本で裁判を受けて刑務所に収監されることになる。この判断は、フランス政府とすると、日本政府との過去の経緯があるためか、それ以上の要求をするのは得策ではないと判断し、主犯格の引き取りだけに同意することで満足するしかない。
そして日本政府としては、実はイタリアやイギリスからも、数は少ないものの贋作による被害は存在するため、やはり犯人の引き渡しを要求してくるのだが、主犯格をフランス政府に渡すことで、後はフランス政府と交渉してくださいと逃げることが出来る。そうしてみると、この妥協の裏には、日本政府としてはこれ以上他の国との間で外交問題化することを避けたかった本音が存在しそうである。
そしてこの贋作騒動におけるもう一つの被害者は、恐らく絵画の調査と研究を行う機関であろうか。まさか贋作の片棒を担がされていたとは知らぬまま、有名絵画を鑑定し調査をしてきた研究機関であるが、今後は恐らく有名絵画を研究の為に調査することが出来なくなるのは目に見えている。高額な計測機器を無償で貸し出されてそれを何の疑いもなく使い続けていたことへの非難は、残念ながら避けられない。そして問題の企業の装置だけでなく、全く何の関わりもない健全な計測機器を使うだけでも白い目で見られるに至り、恐らく絵画の研究はこれから数年か十数年は停滞してしまうだろう。
だがそんな時、ある1つの論文が正式な査読に至る前ではあるが、世界中の絵画研究者からの注目を集めつつあった。それは、日本のルネサンス期のイタリア絵画研究の第一人者であるの論文であった。その内容は、まさに突拍子もない荒唐無稽な内容に思われたのだが、一方で今のタイミングはまさに絶妙であったと言えるだろう。彼の論文の主旨は、絵画の真贋については本人に聞くのが一番と言うことであった。そう、かすみが行った降霊召喚術による鑑定法の提案である。ただし、ウィジャ―ボードを使ったり、イタコのような霊媒体質の人に霊体を憑依させるのではなく、霊体を直接呼び出して鑑定者が霊体に質問をするという方法である。当然、まずそんなことができるのか、と言う疑問が出てくる。そこで特殊な降霊術を行う霊能力者が必要になるという但し書きがつくのだが、現にデルベッキオの真贋もこれでなされたことが書かれており、更にデルベッキオの来歴や今まで何枚の作品を手掛けたか、今それらがどうなっているかと言う本人しか知らない情報がその論文には開示されていた。そして、実はかなり昔に見つかったものの、誰の作品なのか分からず美術館の倉庫内に保管されていた絵が、デルベッキオの話に基づいて調べた所、それが彼の描いた初期の作品であることが判明したという事実も明らかにされると、この論文の真偽は別として、その方法を試してみようとする研究者が出てくるのは時間の問題であった。だが、世界中を探してもそのような霊能力者はなかなか見つからないため、やはり黒木の創作かと揶揄されたりし始めた。
そんな時に、日本国内の別の研究者が著名な霊能力者である神室霊華の下を訪れて、絵画の真贋鑑定が出来ないかと言う相談を持ち掛けた。彼女の答えは「出来る」と言うことである。ただし費用は自分が行う降霊術と同じ百万円と言うことと、そこに必ずしも作者本人が召喚されないこともあるという注意事項を受けた。流石に費用的な問題があるため、後日ある絵画だけを鑑定してもらうことにした。その結果は、彼らの当初の予想を覆すどころか、それ以上の成果が得られたのだ。鑑定を依頼した絵画は本物であり、更にその作者が召喚されたことで、最初は幽霊を目の前にしたことで恐怖に慄くものの、話を聞くに従い、自分達が知る人物像以上の詳細な話を聞けたことで、この鑑定法は間違いないという、第三者からのお墨付きが得られようになった。そしてこの事実は直ぐに世界中の研究者に共有され、神室霊華の所には毎日のように絵画の鑑定依頼が舞い込むことになった。そのため、神室霊華は
「もー、何でこんなに忙しくなるのよー!!」
と誰にともなく悲鳴を上げていた。そして夜になると美土路神社にやって来ては師匠であるかすみに愚痴を零すのであった。尤もその大本はかすみなので、かすみに丸投げしても良いのだが、流石にかすみも神室霊華を気の毒に思い、土日であれば出来る限り神室霊華の自宅にて降霊術の手伝いをするようになった。こんな感じでデルベッキオの絵画を巡る騒動はまだまだ続きそうだが、この物語はここでお終いである。