召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
神室霊華、陶芸を始める (後編)
そして迎えた週末。実は翌週には、神室霊華の元にアメリカの霊能力者から挑戦状が叩きつけられ、その対応であたふたし出すのだが、まだこの週末は穏やかな日常を送ることができる。毎週末は、最神玲も物部かすみもそうだが、神室霊華も金曜日の夜から別荘に泊まりに来ており、朝の露天風呂と美味しい朝食を堪能した後、いよいよ絵付けと釉薬塗りを行うことになる。先ず絵付けだが、実はどういう柄にするかは既に決めてある。余り凝った柄にせず極めてシンプルな柄に留めることにした。しかも4つすべて同じ柄である。ただし色だけを変えることにした。これだったら初心者の自分でも何とかやれそうだと考えたのだが、それでも慣れない手作業のためか、1つ仕上げるのに午前中一杯かかってしまった。この調子で残り3つの絵付けがあると思うと今日中に終わるかどうか心配になって来た。でも、急ぐことではなく、ゆっくりとやればいいや、と思うと心に余裕が出てくるようで、そのお陰で変な緊張感を持つことなく、夕飯までに2つを仕上げることが出来た。後は夕飯の後で時間を見て作業を進めるか、明日に持ち越すかである。それはその時の気分で決めようと思い、神室霊華は着替えて母屋に向かった。そして何時もの3人で夕食を楽しんだ後、かすみがリビングにプロジェクターを下ろして何やら見だしたので、結局かすみに付きあってしまい、最後の1つは翌朝に持ち越しとなった。
日曜日の朝、神室霊華は早速何時もの朝風呂に入るために準備を整え離れの扉をあけた。するとひんやりとした朝の空気とともに、朝露を含んだ木々の香りが、木立の奥からそっと漂ってくるのを感じた。今のこの生活は何と充実した何と贅沢なんだろうと思わずにはいられない。暫くその場にて朝の清涼感を満喫した神室霊華は、露天風呂に向かって歩き出した。
玲とかすみを交えた朝食の後、早速神室霊華は離れに戻り、作業着に着替えてから工房に向かった。今日の午前中には残り1つの絵付けを行い、釉薬を掛けたら、その後はいよいよ本焼きとなる。ただし今日の段階で本焼きに入れるかどうかは分からないし、特に急ぐ必要もないので、場合によってはまた後日改めて行ってもいい。そして最後の1つの絵付けが終わったところで釉薬を掛けた。外はまだ明るい時間だが、特に予定を早めることなく陶芸はここで一旦終了とした。
残りの時間は久しぶりに付近を散策しようと思い、明るい色のウィンドブレーカーを着て山の中を散策することにした。この時期は月輪熊が冬眠から目覚めて動き出す時期であるため熊の出没に注意すべきなのだが、実はこの別荘地を含むM Mが購入した土地には熊が寄り付かない。なぜかと言うと、玲が何やら対策をしているためである。その対策とは、玲が創成召喚した熊を数頭程敷地内に放し飼いにしているからである。熊同士であれば何やら縄張り争いでも始めると思われるが、玲の召喚した熊は熊のようで熊でない、得体の知れない何かと認識されるようで、その結果野生の勘なのか、近寄ると危険と察知してやって来ないというのだ。その点かすみや神室霊華が熊を召喚すると、本物と寸分違わないため、逆に縄張り争いが起きかねない懸念がある。そう言う意味で、日頃創成召喚に対して揶揄されていた玲も、面目躍如と言いたいのだが、本人は何やら複雑な心境のようだ。かすみに至っては
「玲、こういう時に玲の創成召喚が
役立って良かったんとちゃう。
ひゃっひゃっひゃっ......!!」
とかすみの馬鹿笑いが玲の耳から離れないのだった。
さて、熊出没の危険がない山の中を特にあてどなく歩き続けているが、頭の中は次は何を作ろうか、どういうデザインにしようか、と言うことで占められていた。これでは師匠と同じですね、と思うと少しだけ微笑んだりした。そうしてぶらぶら山道を歩いていたら、さてここはどこだろう?と迷ってしまった。日没までまだ時間はあるが、太陽は西の山に隠れてしまい、辺りは徐々に明るさを失いつつある。一般の人であれば遭難したと慌てるのだが、召喚術師である神室霊華は、いざとなったら転移出来るので全く心配していない。そんな時、
“あら?あそこにあるのは
粘土層でしょうか?”
と前方に斜面が崩れて山肌が露わになっているところがあり、しかも斜面の上半分と下半分で色が異なっている。もしかしてと思い神室霊華は転ばない様にしながら少し早歩きで向かった。
「あらー、何でしょうか、
少し黒味を帯びた粘土ですね」
と神室霊華は独り言を呟きながら手で掬い取った粘土を吟味している。早速スコップとバケツを召喚してバケツ一杯ほどの粘土を採取し、念のためその場に転移門マーカーを設置して別荘の離れに転移して行った。
早速工房で持ってきた粘土をチェックすると、別の場所で採取した粘土と色や粘り気が異なることが分かった。ただし、今の神室霊華の知識では、どういう特徴があるかまでは全く分からない。まあ今直ぐこれを使って作品を作ることは考えておらず、先ずは初めての作品の本焼きが済んでからと言うことで、その粘土は工房のテーブルの上に置いておくことにした。勿論乾燥しないようにビニールで包んでおくことは忘れない。そして余談だが、実はこの粘土を先に採取した粘土とブレンドすると、独特の風合いを持つ陶器が出来上がり、後に紀麗華の名前で陶芸のブランドを立ち上げる原動力となるのだが、この話しは本編と関係ないため、またの機会があればお話しすることにしよう。
アメリカの有名な霊能力者から霊能力対決を挑まれた神室霊華は、師匠のかすみと玲が助っ人として参戦してくれるため、心の中ではかなり余裕が出ていた。そんなことがあって迎えた週末、いよいよ本焼きを行うことになった。早速完全に乾燥した茶碗4つを電気窯内に並べるのだが、熱が均等に当たるようにしないと釉薬が溶けきらないとか、ひび割れや歪みと言ったことが起きるということを陶芸教室の先生から教えてもらっていた。尤も向こうは本格的な焼き釜なのに対しこちらは電気釜であるが、基本的な事は同じだそうだ。それと温度管理も重要となるが、今は電気窯の制御機能に任せることにした。とりあえず茶碗を4つ並べ終えた所で、扉を閉めて、いよいよ本焼きのスタートとなる。先ず今日一日は何もできず、確認作業は早くても明日になる。楽しみ半分、不安半分というところだが、こればかりはまさに蓋を開けて見ないとわからない。そして本焼き中は時間を持て余すため、次に何を作ろうかと言うことを考えることにした。これでは師匠と同じですわね、とまたもやかすみのことを思うと、何やら楽しくなったりする。でも確かに、好きな事をこうやってあれこれ考えるのは、確かに楽しい時間であるし、かすみが夢中になる訳だ、と納得がいく。
本焼きの間に神室霊華は何時もの3人で昼食を取り、また午後からは3人がそれぞれ好きな事をして各自の時間を過ごしていく。ここには、常に誰かの相手をしないといけないなどのルールは一切ない。各自が好きな事を好きなだけしても誰からもクレームは来ない。まさに理想的な環境と言えるかもしれない。そんな中で神室霊華も読書をしたり、あるいは疲れたら露天風呂に入ったりと、自由気ままな生活を送っている。自分のこれまでの人生でこんなにゆったりとした時間を送ったことがあっただろうか、と考えずにはいられないが、ここに居る間はそういうことを考えることも意味がないと最近分かって来た。ただ自分がしたいことをすればいいだけである。そして今は、次の作品として何を作るか、どういったデザインにするかを考えているのだった。
翌日、神室霊華はいよいよ自分が一から作った作品を拝む時がきた、と言うことでかなり緊張していた。電気釜は十分に冷たくなっており、後は扉を開けて中を確認するだけである。ただ何だろうか、手に汗をかいており、いかに緊張しているかが分かる。まるで初めて神室英魔の所で除霊を行った時の緊張感を思い出してしまう。勿論この扉を開けると、そこには悪霊がいる訳はないのだが、開けた途端に茶碗の中の細かな気泡がこの段階で膨らんで爆発するとかはないよな、と妙な事を考えてしまう。やはりここは覚悟を決めて最後まで見届けるのが作った人の責任だと思い直し、神室霊華は取っ手に手を掛けた。そしてゆっくりと回して扉を開いた。すると、「うわぁー!」と声を上げたが、彼女が目にしたのは粉々になって砕けていた茶碗の残骸......ではなく、ちゃんと焼きあがっていた茶碗である。そしてこちらから見た限りでは釉薬も綺麗に溶けているようだが、裏側がどうなのかは分からない。恐る恐る一つの茶碗を取り出して手に取ってみると、手の上で壊れることなくしっかりとした重みを与えてくれる。そして
「へぇー、こんな感じに仕上がるのですねー」
と独り言を呟くが、思った感じとは幾分違う印象を受けたようだ。そして4つの茶碗を手にして眺めても、特にひび割れはなさそうで安心した。そして、
“うん、この厚みなら
日常でも問題なく使えそうだわ!”
と思ったように、陶芸教室で作った時よりも厚みが薄くなっており、これなら普段使っている茶碗とそんなに違いはないと見ている。後は色味とデザインだな、と今回の作品を通じての反省点を心に留めた。神室霊華は早速それらの茶碗を召喚した箱に入れ、それを母屋に持って行った。
「師匠! 茶碗が出来ました!!」
と神室霊華はキッチンで朝食の準備をしていたかすみに対し、嬉しそうに報告した。かすみは手を休めて早速神室霊華の焼き上げた茶碗を見に来た。
「霊華さん、初めて作ったんやんな?」
とかすみは不思議そうな表情で神室霊華が手にする4つの茶碗を見つめた。そしてに1つを取り出して手にすると、
「ホンマ、凄いな、この色合い。
めっちゃ綺麗やんか!」
とかすみが感嘆の声を上げたのは、表面に赤いシンプルな花びらの描かれた茶碗である。全体は薄いベージュ色をしており、その赤味が際立っていた。そして表面の反対側を見ると、そこには水墨画風の竹が数本描かれている。花びらと竹という何ともちぐはぐな組み合わせだが、ある意味神室霊華としては、どういう感じの図柄が映えるかをテストしたということのようだ。
「なるほどね、そうなるとやね、
この場合は花びらがええ感じやねー」
とはかすみの感想である。ちなみに残り3つの茶碗は図柄は同じで色を変えている。
「そっか、4つある言うことは、
うち等用の茶碗ってことやんな?」
と神室霊華に尋ねると「はい、そのつもりで作りました!」と嬉しそうに答えた。するとかすみが早速、
「ほな、早速この茶碗使って朝ご飯にしよか!」
と言うことでかすみはその茶碗を早速使うことにした。そのうち玲も起き出してきて、「みんな、おはよう」と言ってダイニングテーブルに着いた時、かすみが
「玲、これな、霊華さんが作ってた茶碗や!」
と言って玲に見せに来た。
「へぇー、凄く綺麗だね。しかも重さといい、
この厚みといい、茶碗としては丁度いいよね」
神室さん、霊能力者辞めてもこれで食べて行けるんじゃないですか?と玲はニコニコしながら神室霊華に感想を伝えた。神室霊華は少しハニカミながら、
「そ、そんなことありません。
これは偶々上手く出来ただけですから」
と謙遜するも、自分でも満更ではない感じでもあった。そして直ぐにかすみがその茶碗を洗ってご飯を盛りつけ、3人は神室霊華作の新しい茶碗で美味しい朝食を堪能したのだった。