召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
落とし前
ラハニ・カヤンが無事に蘇生したことで、これで全ての問題が解決したかに思われた。だが、最神玲は、まだこの件の根本的な問題が残っていることが気になってしまう。先日の潜入捜査で得られた情報から見て、恐らく作戦そのものはまだ有効であるとみていた。だとすると、何れまたラハニに対する触手が伸びて来ないとは言い切れない訳で、折角日本で平穏に暮らそうとしている一家を再び絶望のどん底に落とすようなことは絶対避けなければならない。
ではどのように対応すべきか?勿論直談判で話がつけばそれが一番である。ところが、直談判するにあたり、その時に持ち出す取引材料をどうするか?実はそれが一番難しい。勿論、脅迫紛いに「また同じようなことをしたら、今度はお前の命がないぞ」と言うのは簡単である。だが、人は命の危険が及びそうになると、全力でそれを回避すべく対策を立てて来る。特にあの国の場合、武力による脅しもさることながら、それよりも効果的なそれこそ貿易問題を持ち出してこの国の政府を脅しにかかることはしかねない。その結果、自分達だけでなく、もしかするとお世話になっている神薙家などに害が及びかねない。かすみであれば「そんなん考え過ぎちゃう」と笑い飛ばすかもしれないが、心配性の玲は常にあれこれと考えてしまう。かと言って安易に妥協したりすると、ああいう国は図に乗ることを承知している。そしてその先には、何かあれば我々を脅してくることは目に見えている。
そんなことを暫く考えながら悩んでいた玲だが、結局この件に関して言えば
"この作戦そのものが無くなるか、
完了すればそれで片はつくよな"
と思う訳で、となると答えは自然とある点に収束していく。そして
"仕方ない、ちょっと調べてみるか"
と言うことで、この日から玲は重い腰を上げて何やらこそこそと動き回ることになった。ただし本人が直接動くと目立ち過ぎるため、にくたま軍団にいろいろと骨を折ってもらうことになった。
それから1週間後、玲は取引材料に関してある可能性を見出していた。
"まあ、連れて来るのは難しくないけどなー"
問題は単に連れて来るだけだと、あいつの良いように利用された感が出て悔しいので、同時にあいつも問題を抱えるようにしなくてはならない。そうなると――
"うん、あれしかないな!!"
とどうやら結論が出たようだ。そこで直ちに玲は行動に移ることにした。まず深夜になったところで、彼はある国に転移で向かった。そしてある地域に巨大なバレル型召喚門を設置した。次にその足で彼は別の場所に転移した。そこは既に物部かすみによって転移門マーカーが設置されている場所である。そしてそこにも同じく巨大なバレル型召喚門を設置した。そしてそれが済んだところで彼は一度自宅に戻ることにした。
朝になってかすみが起き出してきたところで、玲は朝食の準備をしながらかすみにある計画を打ち明けた。かすみはまだ若干寝ぼけた状態であったのだが、玲から計画を打ち明けられた途端、眠気は完全に吹っ飛んだ。更に目を輝かせながら
「れ、玲、いい、いつ始めるんや、それ!?」
と尋ねずにはいられない位に興奮し出した。そこで玲は、今夜別荘にてその計画をM&M全員に打ち明け、そのまま深夜になったところで直接アメリカに向かうことをかすみに伝えた。
「ほな、行ってくるな!」
とかすみは居残り組のRINAとラハニに向かってそう告げた。そんな彼女たちは、心配そうな表情を浮かべながらも3人を見送ろうとしている。それも当然で、玲から今夜の計画を聞かされた時、「そそ、そんなことできるんですか?」と余りに突拍子もない、それこそ荒唐無稽な計画にしか思えなかったからだ。それでもかすみが「玲なら大丈夫やし、心配あらへんで」と玲に対して全幅の信頼を置いていることから、RINAは彼らを信じるしかなかった。そして玲はかすみと神室霊華に向かって「じゃあ、行こうか」と言ってある場所に転移した。そこは――
「Who the hell are you?
(だれだおまえたちは?)
Get out of here right now!
(今すぐここから出ていけ)」
突然の訪問のため勿論アポは取っていない。そのためそこにいた人物は椅子から立ち上がるや直ぐに騒ぎ出すのだが、残念ながら玲は意味を全く理解出来ていない。だが何となく、怒声を放っていることは分かった。かすみは何となくその意味を理解できるが完全には分かっていない。そして神室霊華が、冷静にその言葉を翻訳した。
「あー、なるほどなー。
そりゃ、そう言うわなー」
とかすみは呑気にそう口にするが、玲もかすみの言葉に同意して頷く。それよりも挨拶した方がいいよなと思い直し、玲はニコニコしながら直ぐにその男に向かってこう告げた。
「大統領、お久しぶりですね。
僕のこと覚えてますか?」
玲の言葉を神室霊華が通訳すると、その男の怒声はピタリと止んだ。そして震える声で「You you you ...」と玲に向かって指をさしながら叫び続けるが、その時になって男は事態を理解したようだ。だが何故彼、いや彼らがここに現れたのか、その理由は分かっていない。そこで玲が先回りをして自分たちがここに来た理由を説明し始めた。
「僕たちがここに来た理由、それは――」
と少し間をおいてから、ラハニ・カヤン大尉の件ですよ、と男に向かって指をさしてそう伝えた。だがこの男には、ラハニの名前は全く分かっていない。そこで玲はかすみに向かって、「もう一人呼んできてもらえる?」と頼んだ。かすみは「うん、任せとき!」と言って直ぐにどこかに転移した。そしてこの様子を見ていたここの主は、彼らの転移術に見惚れつつ、だが直ぐに自分に対して危害が加わるのではないかと心配して、再び何やら叫び出した。玲が神室霊華の方に視線を向けると、神室霊華は肩を竦めて
「要するに、命乞いみたいな感じですね」
とだけ答えた。するとその時かすみがある人物を伴って戻って来た。その人物を見た男は一言「フィル!」と叫んだ。そしてフィルなる人物は、なぜ自分がここにいるのか、全く理解できずにいる。つい先ほどまで、自分の執務室にてメールをチェックしていたのだ。すると突然何者かが目の前に現れたと思ったら、いつの間にかオーバルオフィスにいた、と言うことである。そして役者が揃ったところで玲は早速話の続きをし始めた。
「あなた方の言うオペレーション・ブラックヴェイル
(Operation Black Veil)ですか、この計画については
僕らは既に内容を把握しております」
と玲は説明しながら、その場にあの資料を召喚し、それを2人に手渡した。彼らはをそれを目にした途端、愕然とした。それは最重要機密事項となっている資料であるのだが、この資料をこの男は何時の間にか手にしていたという事実に彼らは驚きとともに、疑念が生じていた。組織内に内通者がいるのではないかと言う疑念である。すると玲が彼らの気配を悟って
「あっ、これはですね、僕らが勝手に
持ってきたものです。なので、
あなた方の誰かが僕らにリークしたとか、
それはないですよ」
と至って普通にしながらそう指摘した。そして玲は続けて、
「この計画に対して、僕らはあなた方に
ある提案をします。それは――」
本来ラハニが行うべき仕事を自分たちが引き受けること、その代わり今後一切ラハニへの関与をしないと約束するということである。
「勿論、紙で契約を交わしてもいいですけど、
それって政権が変わると意味がないですよね。
それよりも――」
口頭での契約で構わないが、契約が破棄されることになったらその時点で
「あなた方の命をもらいます!」
と玲は目を細めて彼らを鋭い視線で睨みつけながらそう口にした。玲のその言葉に対し、国防長官のフィリップ・ガゼットは何の反応も示さないが、大統領は即座に反応した。両目をカッと見開いて、口をパクパクさせたその状態、それは誰もが知る恐怖を感じたときの反応である。そして玲は、大統領の反応を目にしたところで、早速
「とりあえず、これからそれを
実行することにします。
そのためには――」
と言いながらその場に彼は大画面モニターを召喚した。突然モニターが目の前に現れたことで、大統領と国防長官は驚きで声を引き攣らせた。そんな彼らに構うことなく玲は、
「今からある映像を流します。
そして映像に移る場所ですが、
恐らくそちらの国防長官は
ご存じかもしれませんが...」
と言いながら、画面にある場所の現在の様子を映し出した。そこは先日、かすみと神室霊華とRINAが潜入捜査をした陸軍基地である。そして
「ここって、確かあなた方の
その計画の中枢にある、
統合参謀本部第9部の
本拠地がある所ですよね?」
と説明を加えると、国防長官のフィリップ・ガゼットは目を大きく見開いて、その映像を凝視した。そして玲が
「あっ、これは録画じゃなくて、ライブですよ。
この上空からの映像は、僕らが作った
ドローンを使ってます。ただですね――」
恐らくこのドローンの存在を全く感知することは出来ないことを指摘した。と言うのも、その実態はかすみの召喚したカラスのレイちゃんだからである。そのカラスのレイちゃんがカメラを装備して上空から撮影し、それを地上に待機するにくたまが受信して直ちに玲の所に送信している、と言うことだからである。勿論そのような事情は説明せずに、玲は話を続けた。
「さて、では今から10数えると何かが起きます。
いいですか、10、9、8、......3、2、1、ゼロ!」
と玲がカウントダウンし、ゼロになった時点で「召喚」と叫ぶと、その映像が急に変化した。変化と言うよりも、どこか別の場所の何かを映し出したように錯覚するのだが、
「さて、これで僕らの仕事は終わりました。
と言っても分からないでしょうから――」
その基地に連絡してみてはと提案した。そして、
「一応言っておきますが、ここにはあなた方が
追い求めていたあの独裁者家族、じゃないな、
独裁者一族がそこにいますよ。
なので、今すぐにでも軍隊を派遣して
拘束した方がいいかもしれませんねー」
と至って呑気な表情でそう進言した。この玲の言葉に反応したわけではないが、大統領が直ちに国防長官に向かって近隣の基地からの偵察を命令した。だが同時にある問題を直ちに認識した。それは、そこにあった基地はどうなったのかと言うことを。そこで大統領は玲に向かってその点を問い詰めると、玲は
「そんなの、決まってるだろ!!
ここにあの屋敷か宮殿が現れたんだったら、
ここにあったのがどこに行ったのか
それくらい想像つくだろう!!」
「バカでも分かるぞ」と玲は呆れたような軽蔑するような目つきでそう指摘した。すると大統領は、机に拳を叩きつけたかと思ったら直ぐに椅子から立ち上がり、そのまま大股で玲に近づいた。そして玲に突っかからん勢いで何かを叫び出した。神室霊華がその言葉を通訳すべきかどうか悩んでいると、かすみが突然マキザッパを召喚して、その男の尻と背中を思いっきりしばいた。本当は頭に一発お見舞いしたかったのだが、如何せん、その男は玲よりもさらに大きいため頭に届かなかった。だがかすみのシバキはこの男には有効だったようで、直ぐに何をするんだと怯えながらかすみに訴えた。するとかすみは
「アホか、そんなん玲に尋ねるまでもないやろ!
何ならお前んところの偵察衛星で
確認したらええんとちゃうんか?」
と男を睨み付けながら関西弁で啖呵を切った。このかすみの迫力に押されて、男はおずおずと自分の執務机に戻った。そして直ぐにどこかに電話を入れた。
さてM&Mの3人は、もうこれ以上ここにいる必要はないため、この部屋の主に対して「後は宜しく」と手を振りながらその場から転移して帰った。そしてその様子を電話をしながら眺めていた2人の男は呆気に取られていたのだが、そのうち国防長官のフィリップ・ガゼットは、電話を切るや何やら興奮して大統領に進言し出した。だが大統領は、彼の申し出を即座に却下した。そして
「これ以上、俺の命を縮めることはするな、
いいか!フィル!」
と怒鳴りつけた。フィリップ・ガゼットは、召喚術師による部隊の創設を提案したのだが、今回の件であの男を怒らせた以上、更に何かしようものなら、恐らくあの男は――
"このホワイトハウスを、
どこかに飛ばしかねないぞ"
と恐怖した。それよりも、今はこの事態の確認と対応である。急ぎ国家安全保障会議のメンバーを招集して今後の対応を協議することにした。
その頃、玲とかすみと神室霊華の3人は、何時もの別荘に戻っていた。玲は慣れているとはいえ、やはり緊張の連続だったからか、返って来るなりホッと溜息をついた。そして日本は日付が変わったばかりの時間であるが、こんな時間でも別荘のリビングではラハニとRINA、そしてラハニの夫のロドニーが大画面テレビに釘付けになっていた。彼らは、玲が行った大規模転移の様子をそのテレビでじっと見ていたのだ。そして3人が戻るや、無事に帰って来たことを喜び合っていた。すると早速かすみがラハニに対して
「ラハニさん、これでラハニさんの
仕事は片がついたからな、安心してええねんで」
と笑顔でそう伝えた。するとラハニは、目に涙を溜めて
「カスミサン、レイサン、レイカサン、
ホントウニアリガトウ」
と頭を下げて3人にお礼を伝えた。その後は仕事の後の一風呂を浴びたいとかすみが訴えたところで、6人で真夜中の露天風呂に向かった。
今夜は雲一つなく、しかも月が出ていないため、夜空には満天の星が輝いている。しかも空は天の川がくっきりと見えるほどに澄み切っている。まるで今の自分達の心境のように思わなくもなかった。そんな風情のある露天風呂にて湯船に浸かりながら、早速かすみが先程あったことを面白おかしく語りだした。特に、
「あの男をな、思いっきりしばいたけどな、
めっちゃ気持ちよかってんなー」
権力者に歯向かうと言うことは若者の特権だ、みたいな感じでかすみは喋っていた。
「でも、師匠が大統領に放った啖呵は、
凄くカッコよかったですよ。
多分言葉は分からないでしょうけど、
師匠の迫力に押されて、
引っ込んだみたいでしたしね」
と神室霊華がかすみの行動を絶賛すると、かすみは照れながら、
「いやー、あん時は必死やったからな。
あのままやったら、玲のことを
突き倒してたかもしれへんねんなー」
「うん、そんな気迫があの男にはあったよね」
かすみのお陰で助かったことを玲はかすみに感謝した。するとかすみは、玲からお礼を言われたことで、顔を赤くしてかなり照れてしまう。すると照れ隠しではないが、かすみはそのまま湯舟の中に頭ごと沈んだ。そして何やら全員が落ち着いたころ、RINAが
「この後、どうなっていくんでしょうかね」
と星空を眺めながらそんなことを呟いた。正直、ここにいる誰もその答えは分からない。だが確実に言えそうなことは、世界のアメリカを見る目が変わること、そして日本を取り巻く環境が激変することは何となく想像できる。ただし、それがいい方向に向かうのか、最悪の結果を招くのか、定かではないが。この後6人は体が十分に温まったところで、各自の離れに向かって床に就いたのだった。