悪役令嬢は世界のバグを修正する
レティシアはゆっくりと歩いていた。
王立アルカディア学園の敷地は広い。
正門から校舎へ続く石畳の道の両側には、手入れの行き届いた庭園が広がっている。
整えられた芝生。
季節の花々。
高く伸びる白い塔。
貴族の子女のための学園らしい、整然とした美しい景色だった。
その道を、レティシアは静かに進む。
背筋を伸ばし、ゆったりとした歩調で。
その姿は、まるで舞踏会の場を歩く令嬢のように優雅だった。
だが――
周囲の空気は、いつもと違っていた。
学生たちの視線が、次々と彼女に向けられる。
遠くから見る者。
すれ違いざまに振り返る者。
友人と小声で何かを囁き合う者。
あちこちから、視線が集まっていた。
その視線の中には、さまざまな感情が混じっている。
驚き。
本当にあの人物なのか、という確認の目。
好奇心。
舞踏会の噂の中心人物を見たいという興味。
そして。
尊敬。
王太子の公開断罪を覆したという、信じがたい出来事。
それを成し遂げた令嬢への評価。
だが。
それだけではない。
そこには、もう一つの感情があった。
――恐れ。
理屈で相手を追い詰める令嬢。
証拠を崩し、証言を覆し、舞踏会の空気をひっくり返した人物。
貴族社会では珍しいタイプの存在だった。
そのため、誰もが少し距離を置く。
そして思う。
敵に回したくない。
視線を浴びながらも、レティシアの表情は変わらない。
静かに歩き続ける。
ふと、庭園の向こうに見える校舎を見上げた。
以前、この学園で彼女は、
ある意味とても分かりやすい立場だった。
――王太子の婚約者。
未来の王妃候補。
それが、周囲から見たレティシアだった。
だが今は違う。
王太子の婚約者ではない。
その代わりに、
彼女には新しい評価がついている。
学生たちの視線が、さらに強くなる。
誰かが小さく呟いた。
「……あの人が」
「断罪を覆した令嬢……」
レティシア・アルヴェルン。
今の彼女は、
ただの公爵令嬢ではない。
断罪を覆した令嬢。
その名は、すでに学園中に広がっていた。