悪役令嬢は世界のバグを修正する
校舎へ続く石畳の道。
レティシアが歩いていると、一人の令嬢が慌てたように近づいてきた。
「レティシア様……!」
その声には、隠しきれない興奮が混じっている。
レティシアは足を止め、ゆっくりと振り向いた。
同級生の令嬢だった。
同じ学年で、顔を合わせれば挨拶を交わす程度の関係だが、学園では何度も会っている人物だ。
しかし今日は、普段とは明らかに様子が違う。
令嬢は目を輝かせながら、少し身を乗り出してきた。
「舞踏会の話……本当なんですか?」
声は抑えているが、明らかに興奮している。
さらに続ける。
「王太子殿下を論破したって……」
その言葉に、周囲の空気がぴたりと変わった。
近くを歩いていた学生たちが、さりげなく足を止める。
遠くにいた令嬢たちも、会話をやめて耳を向ける。
聞き耳を立てているのは明らかだった。
誰もが知りたいのだ。
舞踏会で、本当は何が起きたのか。
レティシアはその様子を見て、小さく瞬きをした。
そして。
首をわずかに傾げる。
「論破?」
その言葉を、少し考えるように繰り返す。
まるで初めて聞く表現のようだった。
しばらく沈黙。
そしてレティシアは、静かに答える。
「事実を説明しただけよ」
その声は落ち着いていた。
特別なことをした、という意識はまったく感じられない。
ただ、淡々とした説明。
しかし。
その一言で、周囲の空気が止まった。
……沈黙。
令嬢は目を瞬かせる。
「え……」
思わず言葉を失う。
周囲の学生たちも、同じ反応だった。
誰もが固まっている。
舞踏会で王太子の断罪を覆した人物。
その当人が、
まるで大したことではないように言う。
――事実を説明しただけ。
そのあまりにも平然とした言葉に、
学生たちはどう反応すればいいのか分からなかった。
しばらくして、誰かが小さく呟く。
「……すごい人だ」
その声は、尊敬と困惑が入り混じっていた。
レティシア本人だけが、
何事もなかったかのように
静かに立っていた。